2006年7月2日
上村松園・松篁・淳之・三代展
長久手の名都美術館で開催されている特別展に行ってきた。奈良の松柏美術館所蔵作品による上村松園、松篁、淳之の三代の作品の展覧会。いつものことながら年輩のお客さんが多い客層。
上村松園は言わずと知れた京都画壇の美人画の第一人者。以前、三重県立美術館で大規模な回顧展があったので、その圧倒的な作品群の記憶が新しい。今回は非常に小規模ながらこの松園の作品と息子の松篁、孫の淳之の作品を集めた展覧会。名都美術館は展示室が1階と2階に別れているのだが、松園の作品は1階の奥の展示室に10点ほどのみで、後は二代目と三代目の作品が集められている。あまりない親子三代の日本画家たちの作品が網羅してあるのは良いのだが、その質の違いには愕然とする。結論から言うと、松園を主役にして二代目・三代目は代表作をそれぞれ数点ずつのほうが松篁、淳之にとっても良かったのではないかなぁと思った。もっともそれでもこの展覧会の主役は松園の作品だったわけだけれども・・・。
1階はしばらく二代目松篁と三代目淳之の大作が並んでから、奥の松園の展示室になる。松篁作品は、「母子の羊」「羊と遊ぶ」といった牧歌的な作品の若草、ヒナギクの葉、羊の存在感はあるのだけど、なぜか躍動感に欠ける感じがするのは岩絵の具のマチエールのせいだろうか。「真鶴」はライティングが作品の輝きを引き出している。「春雨」など松篁の人物画は全体的に冴えない。淳之は、月に鴫が3羽の「憩」ぐらいか。
奥の部屋にある松園の作品は「花がたみ」「楊貴妃」「鼓の音」「虫の音」「新螢」「唐美人」「静思(下絵)」といった作品で、その幾つかが下絵と本画がセットで展示されていて興味深い。これらのほとんどは以前に津の展覧会で観たものばかりなのでなんとなく懐かしさを覚えた。「花がたみ」「楊貴妃」の迫力は流石だと改めて感心する。この2点の前は常に観客が立っていたことからもこの展覧会での位置づけがよくわかる。「楊貴妃」は下絵ではっきり描かれていたスダレ越しの景色がかなり印象が違っていて驚いた。下絵の段階ではどこまで本画での表現を考えて描いていたのだろう。このあたりは洋画とはかなり異なるアプローチかもしれない。今回初めて観た松園作品は二曲一隻の屏風になった「虫の音」ぐらい。手前の植物から虫の音が聞こえる場面、タイトルを見なくてもその様子がつたわるのは流石だ。下絵のみだった「静思」は、本画で蝋燭がどう描かれるのか見たかったなぁ。影のない日本画の画面で蝋燭の光源がどういう佇まいをみせるのか、興味津々。
2階へ行くと、階段をのぼったところに松篁の「金魚」があって、これがなかなか面白い。横長の画面が2枚並んでいて、出目金とメダカが上から見下ろすような角度で描かれている。ちょうどガラスケースの中の展示ということもあり、なんだか金魚すくいでもはじめられそうな雰囲気。ユーモラスな遊び心と余裕が感じられて、出目金の描写にも生き生きとした感じがある。展示室に入ると、淳之によるフラ・アンジェリコの模写があってびっくり。初期ルネサンスのフレスコの表現って、たしかに日本画に通じるよなぁとひとり納得した。このフロアは花鳥画が多いのだが、松篁と淳之とでは、淳之の作品の方が断然良かった。「鴫」や「雪の日」など空気感にも冴えがある。一方、松篁は晩年は特に精彩を欠いて見苦しい。作品の選び方なのかもしれないけど、二代目松篁の没落ぶりがなんだか気の毒になってしまった。画家本人がどういう境遇で制作を続けていたのかはよく知らないが(略歴があったけどよく見ていない・・・)、もし本当に芸術家としての作品づくりをしていたのなら、本人は決して晩年の自分の作品に満足できていなかったのだと思う。美人画の頂点に立つ松園、独自の柔軟な姿勢で花鳥画を描いた淳之に挟まれて、この展示は松篁にとって不本意じゃなかろうか。名声こそ得てもこの展示ではその名声がどんなものなのか疑ってしまう鑑賞者もいることだろう。展覧会というものは時に残酷だなぁと思う。