2006年4月8日
加山又造展
松坂屋美術館で開催されていたこの展覧会は一昨年に他界した日本画家の加山又造の大規模な回顧展。実は、いままで加山作品は単独で展示されているのはしばしば観た事があったものの、それほど惹かれるものはなかった。ポスターが駅近くのスーパーに貼られていたので展覧会のことは知ってはいたのだけど、行こうかどうしようかと迷っていた。前日にたまたま妻が観て来た話を聞いたので、観に行くことにした次第。結論を先に言えば観に行って大正解だった。この展覧会で加山又造の見方が大きく変わってしまった。
展示は「I.西洋美術への接近 -日本画革新の騎手として-」、「II.伝統美への回帰 -琳派、大和絵への様式化-」、「III.愛しきものたち -裸婦と動物-」、「IV.水墨への挑戦 -装飾性と簡潔性-」の4つのセクションに加えて会場中程に裸婦の素描、最後に版画をまとめた展示スペースが用意された構成になっている。ここでも作品リストがなかったので、たまたま持っていた紙きれに気になったものをメモしながら観て来た。
最初の「西洋美術への接近」セクション。ポスターに使われていた枝垂れ桜と三日月が美しい「朧」はその意匠的な桜の花弁にとても日本美術らしさを感じたので、なんで西洋美術への接近というセクションなのだろうと疑問に感じた。意匠的というのは5枚の花びらがきれいにこちらを向いてまるでスタンプで押したかのように描かれているのでそう思った次第。しかし全体としてこの意匠的花弁の重ね合わせが見事に夜桜らしくなっている。濃淡で描かれた奥行きが闇にとけ込んでいるようにも見え、幻想的ながら桜の美しさをひきたてている。この時期の展覧会のポスターに選ばれるべくして選ばれた作品といった感じ。「月と縞馬」は夜のサバンナにシマウマがいる絵だけれど、3頭のシマウマが重なって描かれていて実に面白い。1頭は水場で水を飲み、もう1頭は頭を上げ、もう1頭は後ろを向いている。背景には草原が広がり丘が見え、夜空に不思議に変形した月が浮かぶ。1954年の制作。もしや日本画でシュルレアリスムをやっていた?! ちなみにラベル下の解説では砂漠にいる縞馬だと書かれていたけど、これは草原の間違いだと思う。解説を書いた人には植生のない丘が砂丘に見えたのかもしれないが青緑色の色調と言いシマウマの居る水場と言い、あれはアフリカのサバンナの光景である。同様にシュルレアリスティックな作品が続くが、短冊状に分割された太陽と乱れ飛ぶ黒い鳥のつくるリズミカルな画面が印象的な「白い太陽」、同じ路線の「冬」、一羽のうつむいたカラスが木立と一体化して画面を支配する「凍る日輪」あたりがとても気に入った。画面をよくよく見ると紙をくしゃくしゃにして皺をつけているようだが、とても面白い効果だと思う。
次、「伝統美への回帰」セクション。展示作品の年代的には60年代が重複してこちらが後になるが、前のセクションの延長のようにも見えた。ちょっとやり過ぎ感のある大作1958年「夏の濤・冬の濤」などもあって、セクション名の通り琳派を意識したような作品が並んでいる。琳派的な美意識をもともと持っていた人なのだろう。1978年の「千羽鶴」はモノトーンの波模様にぽっかり浮かぶ満月を背景に沢山の金の鶴が舞う絵だが、まさに琳派に通じる様式美。これが帯になっていたら妻の着物に合うだろうなぁなどと想像したのだけど、後で加山が手がけた着物が展示されていて笑ってしまった。あと、「雪」、「白雪の嶺」、「雪晴れる」といったアルプスを思わせる作品も多かったが、対象に迫った構図で琳派的なだけではなく近代の視点も感じる。
続く「愛しきものたち」のセクションでは、なんといっても1965年の「若い猫」に釘付け。様式化の延長にありながら猫独特の緊張感と柔軟さがにじみだしている。球体を意識した眼と毛並みの表現もリアル。つづけて展示されていた「猫と牡丹」、「微風」よりもはるかに良い。動物画につづいて裸婦。制作年などのラベルのない素描が沢山ならんでいたのだけど、これらはクロッキーだろうか。エコール・ド・パリの藤田の描くヌードを連想させる。下書きの線(のあと)はあるが、一本の線を探し出す様子が伺えて興味深い。絵とは関係がないけど、紙の左上に加山のサインをかたどったエンボス加工があったのが気になってしまった。この素描のあいだに展示されていた1974年の「裸婦習作」は習作とは名ばかりの出来だが、背景がレースになっていたり立体感ある陰影があったりしてもはや日本画にあらずといった感じがする。1976年の「黒い薔薇の裸婦」は4通りのポーズをとるファッションモデルのような女性がその体を部分的に黒いレースで覆っている作品で、黒いレースが中東のヘナの装飾のようにも見える。これ、よく見たら黒い背景にもレース模様が連続しているのだけど、描いているのではなくてレースをそのまま貼付けていたりするのだろうか。唇、爪、乳首の赤がアクセントになっていてモード的な洗練がある。あと、このセクションでは動物や裸婦ではない1966年「華扇屏風」も展示されていた。まるで岩石のような背景に扇形の窓が開いたように描かれていて発想の柔軟さを感じた。
4番目のセクションは「水墨への挑戦」として水墨画がまとめられている。制作年代は80年代、90年代が中心で画業後半のものばかり。割と大きな作品が多い。「雪の渓谷」、「雪ノ渓」は俯瞰構図と木々の枝が遠近感を出している。雪の載った枝も様式美をもったリアリズムという感じですっきりしている。「凍れる月光」は冷たい空気が感じられながらも存在感があって迫力満点。「月光山嶺」もいい。「○北宋水墨山水雪景(○は「ニンベン」に「方」の字、「倣」と同義)」は題名通りの中国写実絵画の趣き。因みに北宋画は、文人画とも呼ばれた理想主義的な南宋画に対して写実描写を特徴とする絵画形態とのこと(高校時分に世界史で習ったような・・・)。加山がどこの風景を題材にしたのかわからないが、なるほど岩山の節理の描写がリアル。中央上方の節理の向きが全く違っているのが面白い。点々と木々が連なり、雪がかぶさっている様子はずっとながめていると鉱物結晶の表面にへばりついた地衣のようにも見えてきてミクロとマクロのダブルイメージなんてのも面白いなぁなどと、絶対に描いた側は考えていなかったような事を想像してしまった。あと、金地に黒と白の牡丹の花がどどーんと描かれた「牡丹」も面白い。これだけなぜか畳の上に展示されていたのだが、金屏風はこうやって観ないとわからないということなのだろうか。
最後におまけのように版画ばかりを集めたスペースがあり、中央に着物が展示されている。版画はメゾチントやアクアチント、ドライポイントなどの小品で、割と気楽に楽しめた。コースでいうデザートみたいな位置づけ? 版画作品で印象深かったのは、まず「かみきり」「玉虫」「すずむし」の昆虫シリーズ。ちょっと離れて展示されていた「薊」もキアゲハが描かれていて薊の棘と赤色とキアゲハのモチーフが美しい。それから、再び「カラス」「黒い鳥」が観られたのも嬉しかったし、「越後風景」は地味ながらも品があってよかった。波模様に三日月が旗のデザインにでもなりそうな「月」、グッピーを縦に並べた「熱帯魚1988」、タバコと唇が闇に浮かぶ「闇の幻想」はモード系の延長のようにも見える。そういえば寝た姿勢の「レースの裸婦」もあったが、女性を描いたものでは和装の「はなびら」「撫子」の方が良い絵だった。メゾチント作品に共通することだけど、「千鳥とほね貝1989」なんかは長谷川潔のような趣きがあって、もしかして影響があったのかも・・なんて思ってしまった。あと、桜と炎が並んだ「花」は速水御舟へのオマージュだろうか。なんだかこの版画シリーズ、デザートみたいに気楽に楽しめると言っておきながら結構しっかり観てるなぁ・・・かくもデザート別腹説は展覧会にも通じるものか。
いつものことながら支離滅裂な感想文になってしまったけど、まぁそれだけ記録に留めておきたかった内容だったということで。