2006年4月21日

藤田嗣治展

4月後半に突然入れた用事の東京滞在。今回も3月同様GISソフトの講習会。5月以降は仕事で自由に動けないから今のうちにというのがその理由だが、ホンネとしては頂きものの展覧会の招待券を有効利用させてもらおうというのも理由の一つ。で、この日は夜に池袋で予定があって、それまでちょっと時間があったのでこの藤田嗣治展を観てくることにした。

中目黒での用事が終わってから地下鉄を乗り継いで竹橋の東京国立近代美術館へ。テレビや雑誌で頻繁に取り上げられていて話題の藤田嗣治展は土日は混雑必至という事なので夜間特別開館の金曜日を狙ったのだけど、読みが甘かった。美術館に着いた時は既に満員電車状態でチケットを買うのにも並ぶ有様。
展覧会は時系列で大きく3つの章に、さらにそれぞれ複数のセクションに別れた伝記本のような構成になっている。「I章 エコール・ド・パリ時代」中に「I-1 パリとの出会い」「I-2 裸婦の世界」、「II章 日本へ」中に「II-1 色彩の開花」「II-2 日本回帰」「II-3 戦時下で」、「III章 再びフランスへ」中に「III-1 夢と日常」「III-2 神への祈り」という内訳。だいたいI、II章はとびとびに人垣の隙間からほぼ順路どおりに観ることが出来たがIII章は時間もなかったので横目でちらりと観ながら通り過ぎたような状態になってしまい、とても鑑賞したなどとは言えない。とりあえず気になった作品などを拾い上げつつセクション毎の感想を綴って行くことにする。

I-1
まだスタイルが決まらない時期のもので実に色んな描き方をしている。パリに渡って様々な影響を受けているのがよくわかる。これといって気になったものはないのだけど、モジリアニ風の1918年「二人の女」には独特の存在感があった。

I-2
「裸婦の世界」と題したこのセクションでいきなり藤田の自画像(なんでやねんと心の中でツッコミ)。この作品は以前にテレビ美の巨人たちでもとりあげられていた、その後の「乳白色」を予感させる作品。藤田自身よりも背景や周りに描かれたものの描写にこだわりがあって、モチーフにはなんとなくメッセージがありそうな感じがする(具体的にはよくわからないけど)。この自画像に続いて、乳白色の裸婦の大作が幾つか並んでいる。1923年の「五人の裸婦」は解説によると五感の寓意なのだとか。この絵は2003年に大原美術館の別館で観たのだけど、他の大作2点と並べられていたためかその時はそんな寓意には全く気づかなかった。イコノロジーとまではいかないまでも絵の内容に寓意を込める藤田の視点には伝統的な西洋の古典絵画の影響を感じてしまう。現代の表現主義一辺倒の美術関係者には低評価されがちだけれど、寓意的解釈を込めた表現も立派に人の手による表現の技なのだと思う。そう思うと、多くみられる猫と裸婦の組み合わせには単に猫が好きで描いていただけではなさそうな気がしてくる。猫は女性と通じる、あるいは同一の存在であり、かつ藤田自身も投影されていて、藤田と女性、彼の作品の背後にある西洋美術、あらゆるものをつなぐ役目を果たしている。こういうキャラクターによる独自の絵画世界には彼一流のユーモアと主張があって痛快ですらある。
裸婦の絵に戻ると、他の作品も含めて滑らかな画面と迷いのない線が気持ちいい。それにしてもいずれも作品ラベルの技法・材料欄に「油彩・キャンヴァス」と表記されているのが気になる。自画像にしばしば描かれているとおりなら墨も使っていそうだし、いろいろ工夫してこのマチエールを作っているのならもはや油彩・キャンヴァスでくくれないような気がするのだが・・・。
このセクションにはほぼ10年ぐらいにわたる裸婦画や自画像が紹介されていて、主に乳白色表現が洗練されて行く様子が分かって面白い。しかし、中には意外な作品もあって、例えば1930年の「死に対する生命の勝利」などカラフルで油絵らしい画肌の作品もあって新鮮だった。これはモチーフもシュルレアリスティックで時代の影響を感じさせるが、骸骨なんかにはデルヴォーあたりのベルギー絵画の雰囲気がある。デルヴォーとのつながりは全然言われていないけど、時に無表情な裸婦には共通点もあるし、横たわる裸婦のポーズなどはデルヴォーのビーナスに瓜二つだ。時代もほぼ重なっているのが気になる所ところ。ベルギーつながりでその隣に展示されていた「三人の女」はアンソールっぽくも見える。

II-1
「色彩の開花」のセクション名のとおり、今までの乳白色は姿を消したカラフルな作品が並んでいる。前半の「町芸人」「カーナバルの後」「窓」「室内の女二人」などは猥雑な画題に似合うギトついた油絵の画肌で以前にはなかった量感の表現に関心が移っていた様子が伺える。後半は南米の市井の人々がモチーフになっていて、紙に水彩で描かれているせいか以前の雰囲気が復活している。人物の周りを縁取るように描かれたハローのような薄墨が印象的。この中で一番気に入ったのは1932年の「ボリビヤの女」。南米には行ったことがないけれども、アンデスに生きる人物の存在感がリアルに伝わってくる。赤茶けた色合いも実にいい。このセクションでの作品はアメリカ大陸を南北に縦断した時に描いた作品とのことで、ヨーロッパ以外の文化に触れて刺激された新鮮な感動が伝わってくるように思う。

II-2
このセクションはアメリカ大陸の旅行を終えて日本に帰国した後の作品。セクションタイトルの「日本回帰」は地理的な意味だけではなく藤田の心理のことについても表したタイトルであることは作品からにじみだす日本文化への親近感と洞察眼からほぼ自明である。日本でも藤田にとって新鮮な刺激であっただろう沖縄の人々や同じ東洋というくくりで見た中国の人々を描いた作品は、その着衣はもちろん人物像や背景まで以前の作品には見られない写実性があっておどろいた。西洋絵画のリアリズムを体得して、自らのルーツも含めた非西洋民族の芸術と背後の普遍的な人間性に挑んだその姿勢には深く共感できた。ここでとくに気に入ったのは1934年「ちんどんや職人と女中」「魚河岸」「力士と病児」、1935年「北平の力士」、1938年「客人(糸満)」「孫」といった作品。あ、あと1936年の「自画像」も今までのパリの自画像にはなかった力強さがある。調度品や室内の木目の描写にも鬼気迫るものがある。この作品と「我が画室」「私の画室」はまるで広角レンズの写真のような歪みがあるが、写真を参考にしたのだろうか、それともそれぞれの角度を向いた画角を組み合わせたのだろうか、というちょっと下世話なことも考えてしまった。他には1940年の「猫」も面白い。画面一杯にひろがって喧嘩する猫、猫、猫・・。解説にはもともと「争闘」というタイトルがつけられていたとあったが、これは明らかに戦争のメタファーだろう。軍国主義の時代背景からもそうとしか思えないのだけど、なんとなく北方ルネサンスのような暗喩に藤田の西洋古典絵画への造詣を垣間見たような気分になった。

II-3
このセクションにあるのは戦時下に従軍画家として制作した戦争画の大作5点。このあたりから時間がないのと混雑とでろくに観られていない・・・・のだけど、気になった2点の感想を。
1942年の「シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)」は遠景に描かれた煙が焦土の焦げ臭さを感じさせるがそこに差す陽光がなんとなくタイトルの「最後の日」と連動して希望の光に見える。この希望の光とは戦争の勝敗に関わらず、戦争が終わって平和になることに対する希望。その光の延長上と中央よりやや左で対話している兵士たちにもそんなメッセージがこめられているかのように思える。
1944年の「神兵の救出到る」は、制作年といいタイトルといい敗戦間際の日本の負け惜しみのように思えるけど、これは従軍画家に指示された画題なのだろうか。目を引いたのは左側からさす光と日本兵の姿と縛られた現地の女性の姿で、「聖マタイの召命」じゃないがバロックのキリスト教絵画を連想してしまった。画中画にあるバロック風の二点の絵画も、藤田が学んだヨーロッパ古典絵画との関連を示して余りある気がするのだが・・・きっとこれらを通して伝えたかった藤田のメッセージもあるんじゃないかなぁと思う。

III-1
戦後ふたたび日本を離れてフランス入りする藤田。「夢と日常」というテーマ。最初の1946-48年の「優美神」はまるでルネサンス絵画。地面にびっしり描かれた野草と花々がひとつひとつ違う所からもボッティチェリの春を連想してしまう。その後は擬人化された動物たちや子供が沢山ひしめいていたりするわりと小さめの作品が多い。描線が明確で絵本の挿絵のイラストレーションのような趣がある。子供の絵など、それまでとはかなり違った印象。このセクションは殆ど観られなかった。

III-2
「神への祈り」と題されたこのセクションでは、藤田が後年カトリックの洗礼を受けるに至る信仰心を示すような宗教画が展示されている。絵の感じは前セクションと同様。ここもちらっと横目で見ただけだが、1963年の「マドンナ」が印象に残った。褐色の肌の聖母はエチオピアの女性のような雰囲気がある。なぜ藤田がこの絵を描いたのかは知らないけれど、敬虔なキリスト教(エチオピア聖教)の国エチオピアのイメージにぴったりだった。

というわけで、会場でリストに書き込んだメモと図録を頼りにふりかえってみたけど、終盤は満足に見られなくてとても残念。この展覧会は東京のあと京都と広島に巡回するらしいので、京都巡回時にでも帰省する機会があればもう一度観に行こうかと考えている。

文責: 桂田祐介 2006年6月5日