2006年3月7日
スイス・スピリッツ -山に魅せられた画家たち-
とあるソフトウェアの講習会に出席するために5日間東京に滞在した(実際の講習はうち4日)。その初日が比較的早く終わったので、宿までの経由地でもある渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにスイス・スピリッツ展を観に行った。近現代のスイスの画家(現代の人はアーティストと呼んだ方が良い?!)に焦点を絞った個性的な展覧会。以下、その日の晩にホテルから掲示板に書き込んだ感想を抜粋。
3490. 東京滞在中。 桂田 2006/03/08 (水) 01:34
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予想通り山ばっかりでした。が、18世紀から現代までかなり幅広い展示で面白かったです。いつの時代も形こそ違ってもスイスの画家たちにとってアルプスの存在はものすごく大きなものなのだと実感しました。
個人的にとくに面白かったのはなんといってもカスパー・ヴォルフの作品の数々で、グリンデルワルト峡谷のパノラマの迫力には圧倒されました。いやぁ、実はいつだったかに見たNASAがスペースシャトルの映像を使って作ったアルプスの氷河のステレオ画像を思い出します。ヴォルフをはじめとした18〜19世紀のスイス絵画は、氷河のみならずアルプスの山々を作る岩石や堆積物の表現がまた真に迫っていまして、地質学者としての視点でもアルプスを見ていたのでは・・と思わされました。と同時にこれだけ険しい山々がそびえていて、かつ湖や氷河の水平な広がりもあって、見る角度を少し変えるだけでいくらでも面白い構図が得られそうなスイスアルプスは大変魅力的な題材だったのだろうと思いました。ホドラー、ジャコメッティ(この二人の絵は今までの私の中の印象と違っていてかなり新鮮でした)、ヴェレフキンなどあの背筋の伸びた硬質な表現はアルプスの景色をいつも見る人々には共感を呼んだ事でしょうね。いかに自然の脅威を表現するかに当時の絵描きたちは腐心していたのだと思います。
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この引用文中にあるスペースシャトルの画像、もういちど調べてみたら実はアルプスではなくアラスカのものだったことが判明。いつもこの「展覧会メモ」に過去の掲示板投稿内容をひっぱるときに思うのだけど、うろ覚えでいい加減なことは書くものではないなぁ・・・といいながらついつい掲示板にはろくに調べもせず書いてしまう事がしばしばなのが情けないところ。まぁ、こうして訂正してるからいいか。アルプスとアラスカの違いこそあるが、その迫力と印象はかなり共通するところがあると思う。折角なので紹介しておくと、その画像は以下のURL(↓)のもので、レーダー観測から得た地形モデル(DEM:標高データ)にランドサットの可視光〜近赤外線のバンドの画像を貼付けたものである。
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA03386
参考までにアナグリフ(赤青眼鏡)のステレオ画像(↓)。
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA03387
さて、展覧会に話を戻すと、掲示板の投稿内容にも書いた通り18世紀から現代までほぼ時系列でスイスの作家(とスイスにまつわる作家)の作品が展示されている。スイスと言えばアルプスというワケで、この展覧会はスイス人がアルプスに囲まれながらも対峙する中で山々に抱いて来た想いと視点が氷河のごとく連続的にゆっくり変わって行ったのを感じさせてくれる。
展示は7つのセクションにわかれていて1.画家による高地アルプスの発見、2.国民絵画としての19世紀山岳絵画、3.1900年前後-初期モダニズムにおける山岳風景、4.色と形の解放、5.キルヒナーと「赤・青」、6.ポップアートのイコンとしての山、7.現代美術における山から成る。自分の好みでは1〜4のセクションが親しみやすく、また興味深かったのは当然なんだけど、単発であればたぶん観なかったであろう5〜7のセクションあたりの内容も全体の流れでそれなりに楽しむ事ができた。ので、以下1〜4の前半と5〜7の後半に分けて気になった作品などについて書くと・・・
前半ではなんといってもカスパー・ヴォルフの作品群が印象深い。解説によると、ヴォルフは山を絵画の主題として「発見」した人物ということになっている。実際、多くの自然科学者との探検に同行して制作しているそうだ。それまで背景として描くに過ぎなかった山々に分け入ってその姿を描くことはそのまま近代の科学的な視点に通じるものであるし、それゆえか表現の開拓者としての新鮮な感動が画面からにじみだしているように思える。上述のNASAによるアラスカの画像を連想した2m超の大作「グリンデルワルト峡谷のパノラマ: ヴェッターホルン、メッテンベルク、アイガー」は手前の陽に照らされた人々の居る平野の水平方向の広がりに対してそそり立つ岩山とそれを削る氷河、氷河の奥に見える頂とが調和して自然への畏敬の念が感じられた。他の氷河を描いた作品も同様に自然の迫力を感じるが、この作品がピカイチ。また、洞窟を描いたグワッシュのスケッチも、地球の造形と自然の姿をとらえようという洞察眼が光っている感じがする。どのスケッチでも構図が決まって絵としての完成度が高いのはきっと構図を切り取る楽しさがあったからではないか、と想像したがどうだろう。これだけ水平と垂直、前後の方向性があれば少し移動しただけでもいくらでも面白い構図が作れるのでとても刺激的で楽しかったのだろうなぁと思う。
19世紀作品ではより写実的な描写が増える一方、ドイツのロマン主義のような神秘的な光の漂う風景画になってくるのだが、古典絵画の格調高さもあって見応えがあった。アレクサンドル・カラムの「ルツェルン湖」と「ベルナー・オーバーラント高地にて」はやや過剰な荒々しい演出の水面が目に飛び込んでくるが、手前の岩石の摂理面や遠景の岩山の質感、樹木の枝葉のパターンなどの正確な描写に唸ってしまった。ルドルフ・コラーの「マイリンゲン村にて」には穏やかな画面ながら不穏な気配と緊張感を覚えた。それは静と動の対比を見せているせり出す岩山と澄んだ水面のリアルさのためだろうか、抜けるような空の透明感と岩場の明暗の描写のためだろうか、はたまた左下部分の簡単な処理のためか湖を眺める人物のせいだろうか・・・目立たないけど自分の中ではちょっとひっかかった作品。
つづくモダニズムのセクションでは大原の同主題作品でなじみのあるセガンティーニの「アルプスの真昼」があって、そのまぶしいばかりの画面に改めて驚く。このジョヴァンニ・セガンティーニのほか、ジョヴァンニ・ジャコメッティ、フェルディナント・ホドラーなどの色彩豊かな作品が並ぶ。ジョヴァンニ・ジャコメッティはあの細長彫刻のアルベルト・ジャコメッティの父親なのだが、実は展覧会ではてっきり同じ人物が彫刻家になる前に絵を描いていたのかと誤解していて(ファーストネームまで覚えてなかったので・・・)、猛々しいアルプスの山々の絵からあの無駄のない背筋の伸びた彫刻を作るようになったのか? などと大ボケしていたのだった(実はBBS投稿時も誤解したまま・・・後で図録を見て誤解に気づいたけど恥ずかしくて黙ってた)。ホドラーは大原の「木を伐る人」が大好きなので人物画の印象しかなかったので、貫禄のある山の絵は新鮮だった。左右対称に描かれた存在感ある山の絵(「メンヒ山」「ホイシュトリッヒから見たニーセン山」「ブライトホルン」)の数々を見ると日本における富士山同様、スイス人にはアルプスがスイス人のアイデンティティになっているのだなぁと思わされる。スイスに銭湯があれば壁画は間違いなくアルプスだろうなぁ・・・なんて。あと、マリアンヌ・ヴェレフキンの「赤い木」と「人生を終えて」の縦方向に強調された山と特徴的な色使いの迫力も圧倒的。他にはアルベルト・アンカーの「イチゴを持つ少女」、シャルル・ジロンの「ラヴェイの農民と風景」の日常のスナップのような作品も気に入った。
さて、後半。ドイツ表現主義は実はかなり苦手だ。けばけばしいキルヒナーの絵はいつもならすすんで観る事などないのだが、この展覧会の流れでは自然に見る事ができた。うーん、企画の手腕って偉大だな。会場の解説ではホドラーが築いたスイス山岳絵画史の最後の峯を終わらせたとあったが、どういうことだろう・・・。「ゼルティッヒ峡谷」と「日の出を前に -「深山荘」前のエルナと私」にはそれまでの画家たちの自然観が漂っているように思えたのだけど、その後のシェーラーやカメニッシュ、ミューラーになるとワケがわからんので確かにキルヒナーがピリオドをうったかのようにも見える。このあたりは消化不良なのだけど、まぁいいか。
その後のセクションになるとますますサイケだったりパンクだったり平面、立体、インスタレーションなんでもありのいわゆる「現代アート」になってくるのだが、一貫してアルプスの山々がついてまわるのが興味深い。そんな20世紀から21世紀の作品のなかでは、マルクス・レーツの立体や写真にはちょっと皮肉なリアリズムの視点があって面白く、木彫りの「遠くの眺め(双眼鏡の男 III)」には思わずヤラレタと言いたくなってしまった。あと、いかにも21世紀らしい作品でモニカ・シュトゥーダー&クリストフ・ファン=デン=ベルクという二人組によるCGで作ったネット上のバーチャルなホテル「アルプス観光ホテル、203号室」があるのだが、これを作っている景観作成ソフトが大学の研究室で使っているものと同じなので興味深く見てしまった。そのすぐ近くにレジャーの対象になった現代のアルプスの写真が展示してあるので、ここに展示されるとCGの虚像ぶりが現実の皮肉になっていることがよくわかって、なんとも複雑な気分だった。
この翌日に一緒に東京出張していた院生(彼は景観生態学が専門で「アルプス観光ホテル」の景観作成ソフトをメインで使っている)にすすめた。彼の感想は当然自分のものとは全く違ったのだけど、こういうターゲットの広い展覧会は結構多くの人が楽しめるものだなぁ。
文責: 桂田祐介 2006年3月28日