2006年3月19日
ベルナール・ビュッフェ石版画展
この日の用事は昼からなので午前中に行こうと決めたのがホテルニューオオタニの美術館で開催されていたベルナール・ビュッフェの展覧会。宿泊していたのは新宿で午後の用事は池袋。いくつか事前に開催中の展覧会を調べていたのだけど、路線図を眺めていてちょうど地下鉄一本で行けてそのまま別の路線一本で池袋まで行けることに気づいたのでこのビュッフェ展に決めた次第。しかし実際は新宿でも永田町でも池袋でも延々と歩くことになって路線図ではわからない乗り換えのための移動距離を考えていなかった自分の認識の甘さを反省・・。ついでに書くと、巨大なホテルニューオオタニははじめ適当にうろうろしていたが一向に美術館が見つからず、コンシェルジュに聴いたらエレベーターで6階まで行けばすぐだと教えられてがっくり。人に訊いてもわからないが地図を見ればわかる、という自分の行動方針(思い込み?)は大きな建物の中では通用しなかった。
ベルナール・ビュッフェ展は最終日。しかし立地条件が微妙なせいなのか、あまり宣伝されていなかったせいなのか、客の数はとても少なかったのでゆっくりメモをとりながら観る事が手来た。チケットを買って入ると正面に1950年作の油絵の大作「カフェの男」が展示されている。観客を出迎えるかのようなそのカフェの男がホテルマンに見えてしまう。ラベルには「大谷コレクション」とかかれていて納得。ホテル側の粋な演出というワケなのかな。
順路に従うと、まず1968年の「モン・シルク」というシリーズ。カラーリトグラフで制作されたサーカス一座の様子が並ぶ。カラフルな色使いとビュッフェ特有の直線的な黒い線がサーカスの非現実性を際立たせている感じがする。沢山の作品があったが、動物がとくに気に入った。カバやゾウは強い描線にボリュームがあって、さらにスクラッチが質感と重量感をひきたてている。そんな重量感ある表現の中でのやさしい瞳の表現がとても新鮮だった。同じ点で、ピエロやライオン使いの表情も魅力的だった。
つづいて1989年の「ドン・キホーテ」。晩年に近づいてどぎつい色がなくなり薄い彩色なので印象が変わる。直線からなる硬直した人物表現がドン・キホーテの滑稽さに向いているのかもしれないなぁと思う。サンチョ・パンサがいかにもスペイン人の容貌なので笑ってしまった。顔の特徴を表した鋭い線にピカソのキュビズム作品(「泣く女」のあたりの時代ね)の雰囲気を連想した。
そして1964年の「ニューヨーク」の連作。一般的なビュッフェ作品のイメージ。直線で構成された高層ビル群には都会の寂寥感が漂っている。スモッグのようなクリーム色の空にところどころある深紅が効いている。じっと見ているとなんだかゴシック建築のようにも見えてくるが、もしかしてフランス人のビュッフェには摩天楼が大聖堂のように見えたのかも・・なんて思った。そう言えば前半に展示されていたサーカスのシリーズなんかステンドグラスみたいだし・・・うん、これはきっとビュッフェの美意識には荘厳なゴシックの感覚が流れているに違いない! と勝手に想像してしまった。
つづいて1970年の「女の遊び」はもともとカラーとモノクロが10種類ずつ制作されたらしいがそのうちのカラーリトグラフの方10点が展示されている。殆どフレームを固定した構図で寝室に裸の女二人がいろんなポーズをとっている。もしかしてのぞき小屋の趣向? ビュッフェの鋭い線がこのエロティックな画題をなんとも退廃的にしている。直線と曲線のバランスが面白い。
そして最後に1981年の「カルメン」。マルセイユのオペラ座での公演のための舞台美術と衣装をビュッフェが手がけたもので、水彩によるスケッチをシャルル・ソルリエという人物がリトグラフにおこしたらしい。なるほど荒々しくも見える勢いのある筆のあとが生々しい。太さの違う直線で陰影や空間の奥行きが、さらに人の動きまでが表現されているのだけど、この展覧会の展示ではいちばんビュッフェの「手」を感じるシリーズだった。舞台美術や衣装のデザインということできっともっと大量にスケッチを描いたのだとは思うけど、この作品群も次から次にアイディアを描き留めていったかのようなスピード感がある。意外に丁寧な衣装の模様や人物のボディーラインなどにビュッフェが大事にしていた感覚が読み取れるような気がする。
以上がこのビュッフェ展の概要。ベルナール・ビュッフェの作風はあの独特の黒い直線に支配された硬質な画面がとても個性的でやや前衛的にも見えるが、案外直線的な勢いある筆致の裏側には現実に対する鋭い視線がありそうだ。ふと、以前(社会的)写実主義のクールベにまつわる展覧会でビュッフェの作品も展示されていたことを思い出した。そして更にはあのストロークの背後にはビュッフェ自身の捉えた対象の直線性が意識にかかわらず描出されているとするともしかして同時代のシュルレアリストたちと同じことをしていたのかもなぁとも思う。世間では周知の事実なのかもしれないが、なんだか今まで気づかなかったビュッフェの魅力に触れられた気がする。
展覧会の規模は小さかったけど自分のペースで見られたしこの美術館は結構居心地が良かった。願わくばホテルニューオオタニに泊まって食事して・・・なんて妄想はさておき、このニューオオタニ美術館は近代絵画の面白い展覧会をちょくちょくやっているみたいなのでまた東京行きの機会があればチェックしてみるつもり。