2006年3月26日

没後50年 モーリス・ユトリロ展

会期終了が迫ったこのユトリロ展、幸い前日に妻の実家で残っていた招待券をもらっていたので出かけて来た。午前中に整体に行く予定があって、体がほぐれたあとに外出ついでで名駅に向かう。会場はジェイアール名古屋タカシマヤ10階の特設会場。日曜日の名駅は東京並みに混雑するのをすっかり忘れていて、会場入り口付近に停滞する人混みにちょっとウンザリ。受付で作品リストがないか訊ねたがないとの返事にさらにウンザリ。でもまぁ、招待券で入ってるんだし気楽に見てこようと人垣の隙間をぬって作品と解説パネルを鑑賞してきた。展覧会は丁寧な解説付きでユトリロの生涯を順に追った構成になっている。

この展覧会はユトリロの全盛期ではない作品が多いせいか、絵画展としてはぱっとしない内容だった。絵だけを見ればおそらく半数以上が駄作だ。しかし、要所要所に用意されていた丁寧な解説が絵の退屈さを補っていることに気づいたら、なかなか意味深い展覧会だと思えた。解説パネルは白の時代、色彩の時代、母ヴァラドンやユッテル、妻リュシーについて、ユトリロの女性観や信仰について、アルコールについて・・・と割と細かく説明されていて、読んでいるとユトリロのキョーレツな人生と画家という呪われた職業、そして経済社会と個人のあり方についていろいろと考えさせられた。同じ経済社会の辺境(あるいは底辺?)に生きる人間としてはユトリロには共感できる所すらあった。しかし展示数(約80点)の割に、作品の内容がイマイチだったのでユトリロの人生の痛々しさのみが印象に残りやすい感じがする。

ユトリロについては何度もテレビでとりあげられていたりするのでなにを今更・・といった感があるが、一応その生涯を簡単におさらいするべく広告ビラ裏面のユトリロの略歴を引用しておく。

ユトリロ略歴
1883年 パリ・モンマルトルに生まれる。
1891年(8歳) ミゲル・ウトリーリョ・モルリウスによって認知され、以後ユトリロの姓を名乗る。
1896年(13歳) パリのロラン中学校に入学。飲酒癖がひどくなる。
1904年(21歳) パリのサン=タンヌ精神病院に入院。退院後、医師の勧めで絵を描くようになる。
1914年(31歳) モンマルトルの建物や風景を重厚なマチエールで描く独自の世界を築き上げ、この頃<白の時代>の絶頂期を迎える。そして、精神病院への入退院を繰り返す。
1928年(45歳) レジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を授与される。
1935年(52歳) リュシー・ヴァロールと結婚。
1938年(55歳) 母ヴァラドン死去。
1955年(72歳) 南仏ダックスにて死去。モンマルトルに埋葬される。


さて、以下、もうすこし細かい展覧会の感想。
展覧会の出品作は約80点のうち約20点が本邦初公開とのこと(どうして「約」がついてるのかは不明)。ユトリロといえばモンマルトルの白壁の街並を描いたものを思い出すが、その大半が白の時代と呼ばれる30歳くらいの時のものなのだそうである。アル中のリハビリで絵を描き始めてから6〜12年ほど経った時期に描いた作品で、漆喰の質感を再現するためにいろいろ実験的にマチエールをつくっていたらしい。私生児として生まれてから母の愛情に飢えて酒浸りになる孤独な生い立ちを知ると、孤独を塗り込めるように漆喰の壁に固執したという解釈にも頷ける。この時代の詩情あふれる画面は結構好きだ。1911〜12年の「マリジー=サント=ジュヌヴィエーヴ教会、フェルテ・ミロン近郊」、「モンマルトルのアブルヴォワール通り」あたりが壁のマチエールが重厚でとてもユトリロらしい。1912年の「ラパン・アジル」は冬の木立と曇天が詩情をひきたてている。同じ「ラパン・アジル」を1916〜17年頃(同じく白の時代)と1933年(後の色彩の時代)にも描いたものが展示されていたが、前者は夏バージョンで青々と茂った木々と木陰の二人の人物が全く印象を変えていて、思わず描き手の心境を想像してしまう。後者は晩秋なのかちらほらと葉が残り、数名の人影が見える。冬と夏のものに比べるとどうも中途半端に見えるのは「売り絵」として描かされたものだからだろうか。あと、この白の時代にしては1912年の「サノワの風車」はちょっと異色でロマン主義風の空がとても印象的だった。

しかしユトリロの表現者らしさを感じるのはこの白の時代だけと言ってもよさそうだ。絵が売れ始めて母ヴァラドンに頼られるようになると、孤独を塗り込めるのではなく母親を振り向かせるために絵を描くようになって様子が変わる。それが色彩の時代。1919年の「サン・ヴァンサン通りと藁葺き屋根の家」は街灯のある街並や構図は好きだが色彩の時代というほどの色彩は感じられなくて重厚さもなく物足りない。1922年の「ムーランの大聖堂」「リムールの教会」は黒い線が印象的で先日観たビュッフェを連想したが、油がもたついていてべた塗りになっているので絵の深みに欠ける感じがする。1923年の「ベ市のプロテスタント寺院」、1924年の「サン・ベルナールの風景」あたりは鮮やかでコントラストも効いているのでこの時代のものでは良い方なのかもなぁと思う。
ちなみに説明用のパネルには「色彩の時代 - 貨幣鋳造機」という皮肉な見出しまでつけられていたが、当のユトリロは安酒のために絵をそうとう安く売っていたようである。「画家ユトリロの誕生」「画家としての自覚」という見出しのパネルによると、ユトリロ本人だけではなく周りの人々にも絵の価値を知らずに安値で売り買いしていた人々が多かったようだが、それならこれが本来の形なのだろうと思ってしまう。美術品のべらぼうな高値のイメージはあくまで画商がヤクザな商売をしているせいで定着した部分が大きいのだと思う(すべての画商がそうではないと信じたいケド)。
説明のパネルは「ユトリロの女性観」「母ヴァラドンの生い立ちと転機」「ヴァラドン、ユッテル、ユトリロ - 奇妙な三位一体」としてまた別のユトリロ像を伝えてくれていた。母親のシュザンヌ・ヴァラドンが魅力的な絵を描く一方で幼いユトリロを置いて遊びまわっていた話は有名だが、そのヴァラドンの母親、つまりユトリロの祖母も罪人との間に私生児としてヴァラドンを生んでいたりしてまたなかなかにスゴい人生を送っていたのには驚いた。母性愛に飢えているユトリロが神聖視していた女性はその母ヴァラドンとフランス史の英雄ジャンヌ・ダルクだけで、他の女性は嫌悪していたという。酔っぱらって市井の妊婦を見かけては攻撃したなどという危険人物ぶりにはそういう背景があったのか。また、ユトリロの描く奇妙に腰の張り出した女性像はこの女性嫌悪の現れだったというフロイト的な解釈も紹介されていてとても納得できる話だ。

色彩の時代の後、母ヴァラドンはユトリロよりも年少で友人だったユッテルと結婚し、金の成る木ユトリロを閉じ込めて売り絵を描かせて二人はその金で贅沢三昧の生活を送っていたらしい。この頃の絵は油絵の代わりにグワッシュを使って軽く描いていたりして、昔の塗り込めた重厚感は見る影もない。デュフィあたりに通じる軽やかな線の静物画などもあってとてもユトリロ作品には見えなかったりするのだけど、本当にユトリロの絵なのか? と疑いながら観てしまった。
そして、ユトリロは52歳で結婚して母親夫婦とのクレイジーな関係を終わらせるのだが、その結婚相手リュシーは美術コレクターの未亡人で画商、ユトリロには美術市場で人気のある昔の「白の時代」の作品を模写させるようになる。そのユトリロの作品1点に自分が描いた絵2点を抱き合わせて法外な値段で売っていたと言うから実に悪徳である。おまけにユトリロには水で薄めた安ワインを飲ませていたとの話で、ユトリロの気持ちを想像するといたたまれなくなってくる。
そしてユトリロは最愛の母ヴァラドンの死後、一日の大半を母への祈りに費やすようになって生涯をとじる。母親がいわゆる無神論者だったので洗礼を受けていないユトリロだが、そのあたりの心理が少し興味深い。

ユトリロにとっての絵画はもともと治療のための安定剤だったが、同時に心の隙間を埋める代償行動でもあった。その象徴的なこだわりが漆喰の壁への執着であり、そうして描かれた初期の作品には表現者としての凄みがあるように思う。しかし色彩の時代以降の半端な作品群を見ると、解説パネルでもほのめかされていたように、ユトリロは芸術家である前に愛情に恵まれない孤独な人間だったのだなぁと強く感じる。輝きを見せた全盛期の作品と冴えないその後の作品群、また金づるとして搾取されて制作した売り絵の数々をまとめて観ると、絵の善し悪し以前にひとりの孤独な人間としての素朴な姿を表現し続けたのかもしれないと感じた。表現できていないことも含めて表現しているというのはなんともイヤミな解釈だけれど、その意味ではとても純粋な表現者だったのだと思う。

それにしても、この展覧会で浮き彫りにされていたもうひとつのこと、美術市場の金儲け主義の側面もとても痛々しいものだった。安ワインを水でうすめて飲ませながら監禁状態で売り絵を描かせるのは少々極端な話だが、この極端さがかえって芸術が経済力に支配される現状を象徴しているようにも見える。もちろん、いいものが評価されて高額な値がつくのは悪いことではないし当然だと思う。ただ、(本来ビジネスにされるべきものではないとは思うのだが)少なくともきちんと画家の絵画世界が評価されなければ本末転倒だ。
奇しくも、会場を出るとデパートの売り場。所狭しと関連グッズが売られ、ユトリロの複製画や別の画家による版画作品がン十万で売られている現実が目に飛び込む。もしかしてこれは絵画市場のエゴに飲み込まれたユトリロのパロディか? そう思ったお客も少なくないのではないかと思った。
文責: 桂田祐介 2006年4月8日

2006年3月19日

ベルナール・ビュッフェ石版画展

この日の用事は昼からなので午前中に行こうと決めたのがホテルニューオオタニの美術館で開催されていたベルナール・ビュッフェの展覧会。宿泊していたのは新宿で午後の用事は池袋。いくつか事前に開催中の展覧会を調べていたのだけど、路線図を眺めていてちょうど地下鉄一本で行けてそのまま別の路線一本で池袋まで行けることに気づいたのでこのビュッフェ展に決めた次第。しかし実際は新宿でも永田町でも池袋でも延々と歩くことになって路線図ではわからない乗り換えのための移動距離を考えていなかった自分の認識の甘さを反省・・。ついでに書くと、巨大なホテルニューオオタニははじめ適当にうろうろしていたが一向に美術館が見つからず、コンシェルジュに聴いたらエレベーターで6階まで行けばすぐだと教えられてがっくり。人に訊いてもわからないが地図を見ればわかる、という自分の行動方針(思い込み?)は大きな建物の中では通用しなかった。

ベルナール・ビュッフェ展は最終日。しかし立地条件が微妙なせいなのか、あまり宣伝されていなかったせいなのか、客の数はとても少なかったのでゆっくりメモをとりながら観る事が手来た。チケットを買って入ると正面に1950年作の油絵の大作「カフェの男」が展示されている。観客を出迎えるかのようなそのカフェの男がホテルマンに見えてしまう。ラベルには「大谷コレクション」とかかれていて納得。ホテル側の粋な演出というワケなのかな。

順路に従うと、まず1968年の「モン・シルク」というシリーズ。カラーリトグラフで制作されたサーカス一座の様子が並ぶ。カラフルな色使いとビュッフェ特有の直線的な黒い線がサーカスの非現実性を際立たせている感じがする。沢山の作品があったが、動物がとくに気に入った。カバやゾウは強い描線にボリュームがあって、さらにスクラッチが質感と重量感をひきたてている。そんな重量感ある表現の中でのやさしい瞳の表現がとても新鮮だった。同じ点で、ピエロやライオン使いの表情も魅力的だった。
つづいて1989年の「ドン・キホーテ」。晩年に近づいてどぎつい色がなくなり薄い彩色なので印象が変わる。直線からなる硬直した人物表現がドン・キホーテの滑稽さに向いているのかもしれないなぁと思う。サンチョ・パンサがいかにもスペイン人の容貌なので笑ってしまった。顔の特徴を表した鋭い線にピカソのキュビズム作品(「泣く女」のあたりの時代ね)の雰囲気を連想した。
そして1964年の「ニューヨーク」の連作。一般的なビュッフェ作品のイメージ。直線で構成された高層ビル群には都会の寂寥感が漂っている。スモッグのようなクリーム色の空にところどころある深紅が効いている。じっと見ているとなんだかゴシック建築のようにも見えてくるが、もしかしてフランス人のビュッフェには摩天楼が大聖堂のように見えたのかも・・なんて思った。そう言えば前半に展示されていたサーカスのシリーズなんかステンドグラスみたいだし・・・うん、これはきっとビュッフェの美意識には荘厳なゴシックの感覚が流れているに違いない! と勝手に想像してしまった。
つづいて1970年の「女の遊び」はもともとカラーとモノクロが10種類ずつ制作されたらしいがそのうちのカラーリトグラフの方10点が展示されている。殆どフレームを固定した構図で寝室に裸の女二人がいろんなポーズをとっている。もしかしてのぞき小屋の趣向? ビュッフェの鋭い線がこのエロティックな画題をなんとも退廃的にしている。直線と曲線のバランスが面白い。
そして最後に1981年の「カルメン」。マルセイユのオペラ座での公演のための舞台美術と衣装をビュッフェが手がけたもので、水彩によるスケッチをシャルル・ソルリエという人物がリトグラフにおこしたらしい。なるほど荒々しくも見える勢いのある筆のあとが生々しい。太さの違う直線で陰影や空間の奥行きが、さらに人の動きまでが表現されているのだけど、この展覧会の展示ではいちばんビュッフェの「手」を感じるシリーズだった。舞台美術や衣装のデザインということできっともっと大量にスケッチを描いたのだとは思うけど、この作品群も次から次にアイディアを描き留めていったかのようなスピード感がある。意外に丁寧な衣装の模様や人物のボディーラインなどにビュッフェが大事にしていた感覚が読み取れるような気がする。

以上がこのビュッフェ展の概要。ベルナール・ビュッフェの作風はあの独特の黒い直線に支配された硬質な画面がとても個性的でやや前衛的にも見えるが、案外直線的な勢いある筆致の裏側には現実に対する鋭い視線がありそうだ。ふと、以前(社会的)写実主義のクールベにまつわる展覧会でビュッフェの作品も展示されていたことを思い出した。そして更にはあのストロークの背後にはビュッフェ自身の捉えた対象の直線性が意識にかかわらず描出されているとするともしかして同時代のシュルレアリストたちと同じことをしていたのかもなぁとも思う。世間では周知の事実なのかもしれないが、なんだか今まで気づかなかったビュッフェの魅力に触れられた気がする。

展覧会の規模は小さかったけど自分のペースで見られたしこの美術館は結構居心地が良かった。願わくばホテルニューオオタニに泊まって食事して・・・なんて妄想はさておき、このニューオオタニ美術館は近代絵画の面白い展覧会をちょくちょくやっているみたいなのでまた東京行きの機会があればチェックしてみるつもり。

文責: 桂田祐介 2006年3月21日

2006年3月18日

ロダンとカリエール

三月になって三度目の東京入り。早めに東京へ着いたので上野の国立西洋美術館の「ロダンとカリエール」展を観て来た。実は一週間前に東京へ来た時に観ようかと思っていたのだけど疲れていたので先延ばしにしていたのだ。この展覧会は19世紀末のフランスの画家ウジューヌ・カリエールと彫刻家オーギュスト・ロダンの追求した人物表現を比較する展示内容。展覧会は、I. ロダン像とカリエール像、II. ロダンとカリエールの直接の交流、III. ロダンとカリエールをめぐる人々の肖像、IV. ロダンとカリエールにおける象徴主義、そしてV. ロダンとカリエールを結ぶ糸の5つのセクションで構成されている。
まずは、名古屋に戻ってすぐに掲示板に書き込んだ感想を抜粋。

3528. ロダンとカリエール展、オススメです。 桂田  2006/03/20 (月) 02:39

[略]
ロダンとカリエール、なかなか面白かったです。カリエールは19世紀後半のフランスの画家でマティスやドランの師匠さんらしいですが、実はあまり知りませんでした。先のプーシキン展で2点ほど来ていたのでその印象が強く、暗闇にぼんやり浮かぶ人物像とその時代背景から写真の効果がインスピレーション源なのかなーとか勝手に想像していたのですけど、今回ロダンとの関係を知って自分の認識が全く間違っていたのがわかりました。反省。絵画と彫刻、平面と立体の異なる立場から追求した普遍性、永遠性、深く共感できました。
カリエール作品は版画、素描、油絵と色々あったのですが、同じ手法でも描き方が異なっていて試行錯誤の様子が伺えます。ロダンの方も未完成なのか完成なのか大理石や石膏が残されたものもありまして、ノミの跡のリズム感や粘土をこねる手の感じからもロダンの思考が想像できて興味深かったです。あと、同一のモデルの肖像を二人が造っていたりして、各々の写実の姿勢が垣間見えるのも面白いです。ええと、詳しくは例によって展覧会メモのほうで・・・(前の週のも書かなければ!)。
[略]

会場に入ると最初にあるのがロダンが監督したというカリエールのデスマスクと型取りされたカリエールの手。生前ロダンが肖像を造らなかったという盟友カリエールの死後に行った型取りだとか。この二人の関係を示唆する展示だ。その後、先日日本橋三越のベオグラード美術館展でも観たカリエールによるロダンの肖像が並ぶ。階を移ってつづくセクションでは、ロダン展のポスター用に描かれたカリエールの作品や互いが購入し合って所有していたという作品がある。「習作」と題されたカリエールの作品が幾つかあったが観ていると習作なのか本画なのかよくわからなくなってくる。暗闇に人物の手と顔だけを明るい色で描いた「胸像に向かう彫刻家」の動きの末端部の強調からはカリエールの実験的な意図を感じた。

次の肖像のセクションでは同じモデルの肖像を二人が作っていて、それらを比較できるのが興味深い。ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの肖像はパッと見の印象こそ違うが、その外見的な特徴はもちろん微妙な表情からうかがえる繊細な雰囲気が共通していて二人のリアリズム観が近いことを思わせる。このシャヴァンヌ像、カリエールは油絵とリトグラフで制作しているのだけど、リトグラフの方は版画なので左右反転した構図になっている。眺めていると両者に微妙な表情の差があるように思えるのは、脳の左右差で顔の半分ずつの雰囲気が異なるからだなぁなどといつもながら脱線。いや、それだけマッスとして人物の顔をとらえた証だということか。このあたりも彫刻的な視点を示す好例なのかもしれない。この作品に限った事ではないが、油絵の方は薄く溶いて描いた後、明部をスクラッチして描いているのも新鮮。かなり硬くなった筆を使っているんだろうか、ちょうどリトグラフと同じような効果が出ているのが面白い。あと、ギュスターヴ・ジェフロワの肖像はカリエールとロダンとで15年の差があり、モデルの人物の変化が文字通り刻まれているのが面白かった。

象徴主義のセクションでは、はじめに用意されていた解説パネルに色価(ヴァルール)という言葉があって驚いたが、その通りロダンの「最後の幻影」は絵画的な試みとカリエール作品からの影響が顕著だった。世紀末、象徴主義とくればついつい幻想的なものや耽美的なものを連想してしまうが、この二人の場合は、「祈り」と「瞑想」が精神的なモチーフとして機能しているのを感じる。とくにカリエール作品には母性をテーマにした作品が多く相変わらず習作的なものも多いけど、明部を少し厚塗りにしたりとより立体感を強調する描き方をしているように思えた。明部と描いたが、画面内に落ちる人物の影がないせいか実際の明暗ではなくて手前にあるものが明るく描かれているように見えて、つくづく彫刻家の視点で描いているのだと思わされる。レンブラントよろしくといった趣の自画像数点も最初に展示されていたデスマスクを思い出してしまった。一方のロダンも母性をテーマにしたものが多く、また、土台の石を残して未完成?と思えるようなものも多かったが、数々の作品を観ているとこれこそ瞑想のひとつの表現なのだなぁと思わされた。「母親と死んだ娘」などまるで大理石に溶け込むような感じさえするが、このむき出しになった大理石がまた面白い。螺旋を描くように全体に鑿の跡が残されていて、もしかしてこうして彫り進めるのだろうかと彫刻をやらない身にはとても新鮮。渦巻き状の鑿跡はなんだか対象のエネルギーの流れを示すようにも見えるし(ゴメンナサイ、もともと物理をやっていたもので・・・)、後ろから見ると分析的キュビズムのようにも見えるのが面白い。彼らの後に出てくる具象から抽象への流れを予見しているようにすら感じてしまった。

最後に二人を結ぶ糸としてダンテやユゴーといった文学との関わりが取り上げられていて、先の象徴主義を後から説明するかのような展開になる。だんだん二人の思想と思考の過程を解きほぐして行く展示の構成は本当によく考えられた展覧会だなぁとひたすら感心。ロダンはあの「地獄の門」ののたうちまわるような激しい表現がめだってきて(実際どうなのか詳しくは知らないが)例のカミーユ・クローデルのエピソードを思い出してしまった。カリエールはまるでムンクのようなうねりが画面に現れ始め、以前より線が残る表現も多い。後半には両者ともトルソに力点を置いた(というかトルソそのもの)作品が多く、当時の文学の背景にある古代ギリシャの世界にも関心が及んでいたのかと、ちょっと意外な展開に驚いた。実はここで若いピカソが模写をしたと言う「道行く人々」があったが、近くにあった「「夢想」のための習作」は青の時代のピカソ作品を連想させる(いや、順番としてはカリエールが先なのだけど・・・)。カリエールはロダンとともに瞑想をテーマにした独自の精神性を追求していった感があるけれど、実はしっかりと時代の流れをつくっていたのだとその存在を再認識した。地味ながら偉大な人物というのはこういう人のことをいうのだろうなぁ・・と思う。なんだかとても勉強させられた気がした。カリエールは一つや二つの作品を観ていては到底わからない絵画世界をもっている。ロダンは日本で見られる作品も多いし展覧会も比較的よくあるが、今回ロダンとからめてカリエールを大々的に紹介してくれたこの展覧会に感謝感謝である。

さて、企画展を見終わった後はいつもどおり西洋美術館の常設展を観た。ここの古典絵画のコレクションの質の高さにはいつも感動する。が、ホテルにチェックインしなくてはならないので足早に観る。うーん、よく考えれば常設展はいつでも観られるという安心感からいつも好きなものだけかいつまんで観ているような気がする・・・。あと、版画素描室でロダンとカリエール展と同じ期間展示されている「芸術家とアトリエ」展はかなり楽しめた。文字通り芸術家とアトリエがモチーフになった作品が集められているのだが、シャリヴァリという風刺雑誌に発表されたドーミエの風刺の効いた版画はかなり笑えた。ドーミエが多かったが、他にはシャム、トラヴィエス、グランヴィル、ボーモンといった風刺画家の作品が展示されていて、いずれも初めて聞く名前ばかりなのでよくわからないのだけど、生き生きとした線描と風刺が快感だった。きっとテーマが芸術家ということでやや自虐的な笑いにもなっているのかも・・・とついつい描く側の葛藤や開き直りまで想像してしまう。瞑想の世界のロダンとカリエールにこの風刺画と、違う内容ながらセットで観てしまうとなんとなく多面的に当時の表現者の心が見られたような気がする一日だった。

文責: 桂田祐介 2006年3月22日

2006年3月11日

ベオグラード国立美術館所蔵フランス近代絵画展

今回の東京滞在は先のスイス絵画のレポートで触れた通りGISソフトの講習会を受講するためで10日の金曜日までの出張だったのだけど、ちょうど週末にかかることもあってもう一泊して翌11日になにか展覧会を見て帰ることにしていた。朝、チェックアウトをすませた新宿のホテルにお願いして荷物を預かってもらって日本橋へ向かった。

日本橋三越の7階ギャラリーで開催されていたこの展覧会は、事前に掲示板でJuneさんに教えていただいた展覧会。Juneさんによるオススメ投稿は以下の通り。

3460. ベオグラード美術館のドガ June  2006/03/01 (水) 02:20
桂田さん、こんばんは。
先日、日本橋三越でベオグラード国立美術館「フランス近代絵画展」を観てきました。
http://www.mitsukoshi.co.jp/nihombashi/france/index.html
もし、3月のご上京に開催期間が重りお時間があれば、ドガ好きの桂田さんにお薦めかもしれません。
日本人好みの印象派作品中心の展覧会でしたが、その中でしみじみと観てしまったのがドガの作品群でした。特に眼を惹いたのがギルランダイオ作品登場人物を模写した鉛筆画で、下記の絵の左側でこちらを向いている男です。ポーズの取り方がなんとなくドガっぽいかも(^^;;
http://www.wga.hu/html/g/ghirland/domenico/6tornab/61tornab/1expuls.html
ドガは肩の傾き具合が気に入ったようです。
同じように肩や背骨のラインがとても印象的だったのが「浴後」シリーズの裸婦像で、「身体を拭う女性」などを観ながら、何と「こまちゃん」シリーズを想起してしまったのです(^^ゞ。こまちゃんの一瞬の動作や表情を桂田さんは背骨でしっかり描いていますが、なんだか似ている!と思いました。踊り子もですが、やはり動作の要は首・肩・背骨にありそうな気がしてきました。あ、もしかして人間の軸は背骨でしょうか??

いつも丁寧に一日一画の拙作を見てくださっているJuneさんならではのご指摘に期待がふくらむ。実は展覧会に行く数日前にJuneさんにお目にかかった時には、なんと図録までいただいてしまっていて、浦島太郎の玉手箱のごとく封印して展覧会に望んだ次第。ちなみにこのJuneさんの書き込みに対する拙回答も抜粋しておく。
3461. 日本橋三越、行きますっ! 桂田  2006/03/02 (木) 01:07
Juneさん、こんばんは。

早速のオススメありがとうございます! いやぁ、三越の「フランス近代絵画展」、よさそうですね。他所でレビューされているのを読んでいてモネやルノワールばかりかと思っていたのですが、ドガの作品群と聞けば行かない訳には参りません。幸いにして開催期間ですのでぜひとも観て来たいと思います!
それからギルランダイオ作品のご紹介もありがとうございました。言われてみるとドガが好みそうな角度の人物像かもしれませんねぇ。それに浴後の連作が観られるとのことにも期待大です!

で、Juneさんにこまを描いた拙作を連想してもらえたとはなんとも恐れ多い気がいたしますが、「背骨」をキーワードに私自身も比較してみたくなりました。
動作の要と軸のことは、私は人物デッサンを習ったことがないので自信を持ってお答えできないんですけど、「動作」となると首や肩や背骨といった骨格だけでなくむしろ筋肉が重要のような気がしますね。骨で支えて筋肉で動かす仕組みになっていますから、動作という流れをとらえるのには、どことどこにある筋肉が縮んだりのびたりして力を伝えて行くのかといった部分に注目する必要がありそうな気がします。ミケランジェロやレオナルドが人体解剖をしたのもそのあたりの研究のためだったのかもなぁなんて思います。あ、軸はやっぱり背骨でしょうね。この軸の存在と筋肉の関係を総体としていかに捉えるかが生命力を表現する鍵なのかもしれません。

因みに今回の予定は7日〜10日でその間は夕方からフリーなので渋谷のBunkamuraあたりに目星をつけていました。日本橋三越、行きますっ! 実はもう一泊して11日にも上野あたりを観てこようかとも企んでます・・・。

さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが感想。


バルカン半島の古都ベオグラードはセルビア共和国とセルビア・モンテネグロ連邦の首都。個人的には訪れた事のないところではあるが、お世話になっている元ジャーナリストの方のライフワークが旧ユーゴ内戦だったり、来月にもモンテネグロが分離独立を決める国民投票がある(セルビア国旗も変わるんじゃないかという国旗マニアの興味からなのだが・・・)というニュースが気になっていたので、それらの点からも親しみがあった。今回は数々の戦火をくぐりぬけて守られて来たベオグラード国立美術館のコレクションからフランスの近代絵画が集められている。先のプーシキン展といい、なんだか東欧圏のフランス近代絵画がよく来るなぁ。

三越に着いたのは会期終了前日で土曜日のお昼時という最悪のタイミングで、入る時こそ少し並んだだけですんだがあれよあれよという間にものすごい混雑になってしまった。素描など割と小さな作品が多かったのでお客さんはへばりつくようにして見るし、ルノワール作品の展示スペースは細くなった廊下のようなところの両側に展示されていたので思うように進むことすらできない有様で、きれいに修復された「水浴する女性」がまた傷つくんじゃないかと思えるぐらい。ろくに見られず素通りしてしまった作品もいくつかある。しかしもっと前にでかけた方々の話ではそんなにひどい混雑ではなかったようで、どうやらかなり不運なタイミングだったようだ。東京はお客の絶対数が多いので沢山の展覧会が開かれるけれど混雑がひどいと満足に見られなかったりするのが残念だ。まぁ、商売としては入ってなんぼなのでいいのかもしれないが、展示に腐心したキュレーターはもちろん展示されている作品にとってみればなんとも歯がゆいんじゃなかろうかと思ってしまう。混雑を尻目にそんなことを考えてしまった。

展覧会は最初に写実の系譜としてコローから印象派へとわたる作品が展示されていて、ここにお目当てのドガのデッサンがある。例のギルランダイオ作品中の人物を描いた鉛筆デッサンは顔の陰影がしっかり描き込まれていて他は意外とほとんど描かれていない。ドガは肩の傾きが気に入ったようだとJuneさんはお書きになっていたけど、描き込み方から顔の造形がつくる陰影のほうに関心があったのかもなぁと思った。そして木炭とパステルによる踊り子の習作が幾つかと「浴後」関連が数点展示されているのだが、浴後の作品はいずれも後ろ姿でなるほど背骨の軸が目に入る。頭部の傾き、体を支える脚、支えたり拭ったりする腕など動きとしてのエネルギーの流れを自然にしなやかに捉えた描線は流石。「裸婦(浴後)」と題された体をひねったデッサンはドガが参考にした写真と本画の画像も小さく紹介されていて、ドガの研究心が垣間見えて面白い。この中で大きめで彩色もされている「浴後」の今にも動きそうな人体表現と画面全体のパステルの風合いは特に素晴らしい。うーん、ドガのデッサンから拙作のこま連作(註: こまは妻の実家の飼猫)を連想してもらえたとはまことに嬉し恥ずかしである(僭越ながらこまのスケッチの数々はコチラで見られるので一応リンク)。
このセクションでは、他にもドガの人物画や3人の踊り子のほか、コロー、シスレー、ピサロ、モネ、カサットの作品があったが、ピサロの「ポール・ゴーギャンの肖像」と「テアトル・フランセ広場、陽光の効果」が気に入った。前者は水彩、グワッシュ、黒チョークの混合で描かれていて立体感とゴーギャンの雰囲気が好み。後者は一点透視の俯瞰構図で広場を描いているのだけど、まるで広角レンズのカメラで撮ったみたいに地面の盛り上がりがあって、近代の視点を感じた。古典的な線遠近法では静止したイメージになるが、ヒトは実際には視点を動かしてものを見るので厳密な一点透視に従うよりもこちらのほうがより実際の知覚に近いのかもしれない。少なくとも広場に描かれた馬車や人々を順に見て行くととてもリアルな感覚がある。印象派は光にばかり注意が向いてしまうが印象派ならではの視点が構図にも活きているのかと気づいて嬉しくなった。

次のセクションはルノワール。油絵、インク、木炭、パステルなどによる小品が沢山並んで、その後に「水浴する女性」とその盗難と修復にまつわる解説がある。チケットやポスターに使われていた「帽子を被る女性」がとても小さくてびっくり。カタログによると16cm×14cmの寸法。F0号よりも小さい。これをあんなに引き延ばされているのをルノワール本人が見たらどう思うだろう・・・。それはいいとして、ルノワールの小品群、相変わらずモタモタボンヤリした絵だけれど、このサイズで飾られているのは素朴で良いかもしれないと思った。もともと絵付け職人だったわけだし、もしかしてこうした小品の方が気楽に描けてよかったんじゃないかなぁ・・・。10cm×10cmの「カップ」など最たるものだと思う。「水浴する女性」の顛末は会場が混んでいてその場では読めなかったのだが(後で図録で読んだ)、その作品は一旦バリバリに剥離したとは思えない状態で驚いた。修復家の技術はまことにスゴいものだ。きっとオリジナルを作る側が仮にどんなに細密な絵を描く腕を持っていても再現性の高さでは修復家に及ばないんじゃないかと思うぐらい。そう言えば自分の油絵もいくつか引っ掛けたりして傷んだものがあるのだけど、自分で直そうという気にはならずに放置しているのを思い出してしまった・・・。
実はルノワールの作品を見ていてなんと伊東深水の美人画を連想してしまったのだが、なぜだろう。精神的な深みを感じないところが共通しているからだろうか。どちらもあまり好みではない(むしろ嫌い)のだけど、そのあたりが自分の中でクリアになったらもう少しルノワールの良さにも触れられるのかなぁと思う。

その後、混雑のため満足に見られていないのだが、「印象主義を超えて」としていわゆる後期印象派、ナビ派、象徴派の作品が、さらに「20世紀絵画の騎手たち」としてフォーブ、キュビズム、エコール・ド・パリの作品が並んでいる。それらの中で印象に残っているのはゴーギャンの「果物と瓶のある静物」、ロートレックの「若い女性の肖像(リヴィエール嬢)」、ヴュイヤールの「室内」、マティスの「窓辺」、ヴラマンクの「ブージヴァルの雪景色」、ドランの「パンのある静物」、キスリングの「黒いブラウスの若い女性」と「若い女性の半身像(ヌード)」あたり。中でも意外だったのはロートレックとドラン。どちらもよく見る画風と違って古典的なアプローチをしていてそれぞれのバックグラウンドに古典絵画が息づいている事が感じられて嬉しくなった。

この展覧会のあと、予約していた高速バスの時間までしばらくあったので新宿に荷物をとりに戻るまでに上野によって展覧会のハシゴをしようか、そのまま新宿に戻ってこの日新宿公園で行われたチベット独立運動のデモ行進に参加してチベットの旗をもらってこようかなどと密かに色々考えていたのだけど、混雑で疲れて時間も中途半端だったので結局どこへもよらずに帰途についた。
文責: 桂田祐介 2006年3月29日

2006年3月7日

スイス・スピリッツ -山に魅せられた画家たち-

とあるソフトウェアの講習会に出席するために5日間東京に滞在した(実際の講習はうち4日)。その初日が比較的早く終わったので、宿までの経由地でもある渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにスイス・スピリッツ展を観に行った。近現代のスイスの画家(現代の人はアーティストと呼んだ方が良い?!)に焦点を絞った個性的な展覧会。以下、その日の晩にホテルから掲示板に書き込んだ感想を抜粋。

3490. 東京滞在中。 桂田  2006/03/08 (水) 01:34

[略]
予想通り山ばっかりでした。が、18世紀から現代までかなり幅広い展示で面白かったです。いつの時代も形こそ違ってもスイスの画家たちにとってアルプスの存在はものすごく大きなものなのだと実感しました。
個人的にとくに面白かったのはなんといってもカスパー・ヴォルフの作品の数々で、グリンデルワルト峡谷のパノラマの迫力には圧倒されました。いやぁ、実はいつだったかに見たNASAがスペースシャトルの映像を使って作ったアルプスの氷河のステレオ画像を思い出します。ヴォルフをはじめとした18〜19世紀のスイス絵画は、氷河のみならずアルプスの山々を作る岩石や堆積物の表現がまた真に迫っていまして、地質学者としての視点でもアルプスを見ていたのでは・・と思わされました。と同時にこれだけ険しい山々がそびえていて、かつ湖や氷河の水平な広がりもあって、見る角度を少し変えるだけでいくらでも面白い構図が得られそうなスイスアルプスは大変魅力的な題材だったのだろうと思いました。ホドラー、ジャコメッティ(この二人の絵は今までの私の中の印象と違っていてかなり新鮮でした)、ヴェレフキンなどあの背筋の伸びた硬質な表現はアルプスの景色をいつも見る人々には共感を呼んだ事でしょうね。いかに自然の脅威を表現するかに当時の絵描きたちは腐心していたのだと思います。
[略]

この引用文中にあるスペースシャトルの画像、もういちど調べてみたら実はアルプスではなくアラスカのものだったことが判明。いつもこの「展覧会メモ」に過去の掲示板投稿内容をひっぱるときに思うのだけど、うろ覚えでいい加減なことは書くものではないなぁ・・・といいながらついつい掲示板にはろくに調べもせず書いてしまう事がしばしばなのが情けないところ。まぁ、こうして訂正してるからいいか。アルプスとアラスカの違いこそあるが、その迫力と印象はかなり共通するところがあると思う。折角なので紹介しておくと、その画像は以下のURL(↓)のもので、レーダー観測から得た地形モデル(DEM:標高データ)にランドサットの可視光〜近赤外線のバンドの画像を貼付けたものである。
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA03386
参考までにアナグリフ(赤青眼鏡)のステレオ画像(↓)。
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA03387

さて、展覧会に話を戻すと、掲示板の投稿内容にも書いた通り18世紀から現代までほぼ時系列でスイスの作家(とスイスにまつわる作家)の作品が展示されている。スイスと言えばアルプスというワケで、この展覧会はスイス人がアルプスに囲まれながらも対峙する中で山々に抱いて来た想いと視点が氷河のごとく連続的にゆっくり変わって行ったのを感じさせてくれる。
展示は7つのセクションにわかれていて1.画家による高地アルプスの発見、2.国民絵画としての19世紀山岳絵画、3.1900年前後-初期モダニズムにおける山岳風景、4.色と形の解放、5.キルヒナーと「赤・青」、6.ポップアートのイコンとしての山、7.現代美術における山から成る。自分の好みでは1〜4のセクションが親しみやすく、また興味深かったのは当然なんだけど、単発であればたぶん観なかったであろう5〜7のセクションあたりの内容も全体の流れでそれなりに楽しむ事ができた。ので、以下1〜4の前半と5〜7の後半に分けて気になった作品などについて書くと・・・

前半ではなんといってもカスパー・ヴォルフの作品群が印象深い。解説によると、ヴォルフは山を絵画の主題として「発見」した人物ということになっている。実際、多くの自然科学者との探検に同行して制作しているそうだ。それまで背景として描くに過ぎなかった山々に分け入ってその姿を描くことはそのまま近代の科学的な視点に通じるものであるし、それゆえか表現の開拓者としての新鮮な感動が画面からにじみだしているように思える。上述のNASAによるアラスカの画像を連想した2m超の大作「グリンデルワルト峡谷のパノラマ: ヴェッターホルン、メッテンベルク、アイガー」は手前の陽に照らされた人々の居る平野の水平方向の広がりに対してそそり立つ岩山とそれを削る氷河、氷河の奥に見える頂とが調和して自然への畏敬の念が感じられた。他の氷河を描いた作品も同様に自然の迫力を感じるが、この作品がピカイチ。また、洞窟を描いたグワッシュのスケッチも、地球の造形と自然の姿をとらえようという洞察眼が光っている感じがする。どのスケッチでも構図が決まって絵としての完成度が高いのはきっと構図を切り取る楽しさがあったからではないか、と想像したがどうだろう。これだけ水平と垂直、前後の方向性があれば少し移動しただけでもいくらでも面白い構図が作れるのでとても刺激的で楽しかったのだろうなぁと思う。
19世紀作品ではより写実的な描写が増える一方、ドイツのロマン主義のような神秘的な光の漂う風景画になってくるのだが、古典絵画の格調高さもあって見応えがあった。アレクサンドル・カラムの「ルツェルン湖」と「ベルナー・オーバーラント高地にて」はやや過剰な荒々しい演出の水面が目に飛び込んでくるが、手前の岩石の摂理面や遠景の岩山の質感、樹木の枝葉のパターンなどの正確な描写に唸ってしまった。ルドルフ・コラーの「マイリンゲン村にて」には穏やかな画面ながら不穏な気配と緊張感を覚えた。それは静と動の対比を見せているせり出す岩山と澄んだ水面のリアルさのためだろうか、抜けるような空の透明感と岩場の明暗の描写のためだろうか、はたまた左下部分の簡単な処理のためか湖を眺める人物のせいだろうか・・・目立たないけど自分の中ではちょっとひっかかった作品。
つづくモダニズムのセクションでは大原の同主題作品でなじみのあるセガンティーニの「アルプスの真昼」があって、そのまぶしいばかりの画面に改めて驚く。このジョヴァンニ・セガンティーニのほか、ジョヴァンニ・ジャコメッティ、フェルディナント・ホドラーなどの色彩豊かな作品が並ぶ。ジョヴァンニ・ジャコメッティはあの細長彫刻のアルベルト・ジャコメッティの父親なのだが、実は展覧会ではてっきり同じ人物が彫刻家になる前に絵を描いていたのかと誤解していて(ファーストネームまで覚えてなかったので・・・)、猛々しいアルプスの山々の絵からあの無駄のない背筋の伸びた彫刻を作るようになったのか? などと大ボケしていたのだった(実はBBS投稿時も誤解したまま・・・後で図録を見て誤解に気づいたけど恥ずかしくて黙ってた)。ホドラーは大原の「木を伐る人」が大好きなので人物画の印象しかなかったので、貫禄のある山の絵は新鮮だった。左右対称に描かれた存在感ある山の絵(「メンヒ山」「ホイシュトリッヒから見たニーセン山」「ブライトホルン」)の数々を見ると日本における富士山同様、スイス人にはアルプスがスイス人のアイデンティティになっているのだなぁと思わされる。スイスに銭湯があれば壁画は間違いなくアルプスだろうなぁ・・・なんて。あと、マリアンヌ・ヴェレフキンの「赤い木」と「人生を終えて」の縦方向に強調された山と特徴的な色使いの迫力も圧倒的。他にはアルベルト・アンカーの「イチゴを持つ少女」、シャルル・ジロンの「ラヴェイの農民と風景」の日常のスナップのような作品も気に入った。

さて、後半。ドイツ表現主義は実はかなり苦手だ。けばけばしいキルヒナーの絵はいつもならすすんで観る事などないのだが、この展覧会の流れでは自然に見る事ができた。うーん、企画の手腕って偉大だな。会場の解説ではホドラーが築いたスイス山岳絵画史の最後の峯を終わらせたとあったが、どういうことだろう・・・。「ゼルティッヒ峡谷」と「日の出を前に -「深山荘」前のエルナと私」にはそれまでの画家たちの自然観が漂っているように思えたのだけど、その後のシェーラーやカメニッシュ、ミューラーになるとワケがわからんので確かにキルヒナーがピリオドをうったかのようにも見える。このあたりは消化不良なのだけど、まぁいいか。
その後のセクションになるとますますサイケだったりパンクだったり平面、立体、インスタレーションなんでもありのいわゆる「現代アート」になってくるのだが、一貫してアルプスの山々がついてまわるのが興味深い。そんな20世紀から21世紀の作品のなかでは、マルクス・レーツの立体や写真にはちょっと皮肉なリアリズムの視点があって面白く、木彫りの「遠くの眺め(双眼鏡の男 III)」には思わずヤラレタと言いたくなってしまった。あと、いかにも21世紀らしい作品でモニカ・シュトゥーダー&クリストフ・ファン=デン=ベルクという二人組によるCGで作ったネット上のバーチャルなホテル「アルプス観光ホテル、203号室」があるのだが、これを作っている景観作成ソフトが大学の研究室で使っているものと同じなので興味深く見てしまった。そのすぐ近くにレジャーの対象になった現代のアルプスの写真が展示してあるので、ここに展示されるとCGの虚像ぶりが現実の皮肉になっていることがよくわかって、なんとも複雑な気分だった。

この翌日に一緒に東京出張していた院生(彼は景観生態学が専門で「アルプス観光ホテル」の景観作成ソフトをメインで使っている)にすすめた。彼の感想は当然自分のものとは全く違ったのだけど、こういうターゲットの広い展覧会は結構多くの人が楽しめるものだなぁ。
文責: 桂田祐介 2006年3月28日