2005年10月10日

ベルリンの至宝展

世界遺産のベルリン博物館島から多くの展示品が集められたこの特別展は、5月に東京へ行った時に上野で大きく宣伝されていてとても気になったものの結局観ないままだった展覧会。たまたま帰省していて、ちょうど神戸に巡回していたこの展覧会が最終日だったので神戸まで足をのばした。
ベルリンの博物館島には旧博物館、新博物館、旧国立美術館、ボーデ博物館、ペルガモン博物館の5つの美術館・博物館が集まっているそうで、なるほど展示点数も多く実に幅広い展示内容だった。展示は時代ごとに、先史美術、エジプト美術、古代西アジア美術、ギリシャ・ローマ美術、イスラム美術、コインコレクション、ビザンチン美術、中世ヨーロッパ彫刻、ヨーロッパ古典絵画、そしてヨーロッパ近代美術という順で続く。

一ヶ月後にシリア行きをひかえていたこともあって(註: 結局調査許可と長期ビザの発給が遅れて延期)、古代西アジア美術、イスラム美術の展示にとくに興味が集中。ポスター等でも大々的に取り上げられていたバビロン出土の「ライオンの装飾煉瓦壁」は実物でしかわからない鮮やかさと迫力。圧倒された。これが2500年前のバビロンの行列通道路を180mにわたって飾られていたとの解説に想像力が膨らむ。それからカルフー出土の「宮殿の浮き彫り」の装飾性と写実性の調和に当時のアッシリア文化の美意識にも思いを馳せる。とくに帯状にびっしりと刻まれた楔形文字の装飾的な効果には目を見張った。直接の関連は確認されていないとはいえ、後のアラビア文字を織り込んだイスラーム装飾につながるセンスがあるような気がする。そして時代がくだってこの地とその周辺に開花したイスラム美術、信仰に根ざした美術としてはキリスト教と違って文字ばかりなので異文化の人々にはわかりにくいのも仕方ないけど、この文字と装飾が一体となった緻密な幾何学模様はもっともっと評価されてしかるべきだと思う。大判のクルアーン(コーラン)の美しさはその神の言葉が信者にはまさに神々しく映ったに違いないと確信した。そのクルアーンを載せるための書見台はもしかして一枚彫り? 否応無しに自分がケニアで買った素朴な丸彫りの書見台と比較してしまう。表面の装飾にもイスラム教の常套句が踊る。うーん、このあたりは文字をのぞけばエチオピアのイコンの装飾を連想してしまったのだけど、信仰と歴史の差こそあれ同じセム系として何か通じるものはないのだろうか。翻って、現代のこの地をめぐるあれこれをふりかえると悲しくなってしまった。

他のセクションも盛りだくさんの内容だが、ヨーロッパ絵画についての感想を少し。
ボッティチェリの黒い背景のヴィーナス。どう見てもあの「ヴィーナスの誕生」とそっくりなので習作? とか思ったのだけど、解説にはそういった内容はなく、フィレンツェの邸宅に多くあったものらしい。なるほどボッティチェリ作品は現代のポスターのようなポピュラーな需要があったということだろうか、面白いなぁ。その他興味深い絵画も続いたが、前半に集中し過ぎたせいかアタマが回らない・・・近代絵画のセクションに移ると急にロマン主義の黄色みがかった色調が目に飛び込んできた。こうして観ると光に対する感覚の変化が見て取れる気がする。こうした光の表現はロマン主義の精神性や神秘性の追求には欠かせないものだったのかもしれない。フリードリヒの少々わざとらしい構成もこの光のメリハリがあるからこそその演出が生きているのだなぁと思う。

あ、あと、前後するけど、ギリシャ・ローマのセクションでカラカラ帝の胸像が観られたのはちょっとしたサプライズだった。というのは、高校時分、石膏デッサンの最難関(とみんなが言っていた)がこのカラカラ帝で、自分はアリアスまでしか描かずに油絵をはじめていたのでその難度を実感することがないままだったのだ。実物のカラカラ帝は石膏像のコピーとはまた違った印象で、そこはオリジナル故なのか皇帝らしい重々しい存在感がある。しばし、どこがどうデッサンの難所だったのか・・・ということを考えて眺めていると、今、描いてみたいなぁと思ってしまった。今後、そんな機会はあるだろうか・・・。

文責: 桂田祐介 2005年12月18日