2005年10月29日

ガブリエル・バンサンの世界 -静寂、孤独、そして希望-

伏見の電気文化会館の5Fギャラリーにて。ベルギーの絵本作家ガブリエル・バンサンの原画展。美術雑誌などではあまり宣伝されてなかった様子。でも、たまたま地下鉄の広告で宣伝されていたらしく、妻が一足先に観に行っていた。その話を聞いていつ行けるかな〜と思っていたのだが、結局一度だけわずか20分ぐらいしか観られなかった。
この日は雨降りで、大学の学生実習の付き添いで朝から名古屋市内を10kmほど歩いたあと。実習後先生方やほかのTAの院生たちと休憩して終わった時刻が5時45分。名駅から地下鉄に乗って「まだ間に合う!」と判断して唐突にひとり伏見下車(ああ、また周りがみたら不可解な行動をとってしまった・・・)。展覧会は6時半までだったのでぎりぎりに駆け込んで追い出されるまでしっかり観て来た。いやはや、やっぱりすごいなぁ。生の鉛筆の筆致に心を打たれる。以下、10/31のBBSの書き込みより抜粋。

2905. ガブリエル・バンサンの絵本。 桂田  2005/10/31 (月) 01:07

土曜日に雨の中名古屋市内を約10km歩く用事があったのですが、その帰りに短時間でしたがガブリエル・バンサンの絵本の原画展(「ガブリエル・バンサンの世界 -静寂、孤独、そして希望-」)を駆け込みで観てきました。

ガブリエル・バンサンはベルギーの絵本作家で、シンプルながら実にリアルに動きや情景、人物の心理を描写する鉛筆デッサンがとても魅力です。かなーり前のことですが、文字のないデッサンだけの「アンジュール -ある犬の物語」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4892389579/
で知りまして、衝撃を受けました。今でもときどき眺めてます。

別の日ですが、妻がこの展覧会に寄って「15ひきのおしかけねこ」という絵本を買ってきました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4892387185/
これも実にいいです。

で、私は迷った末に「ナビル -ある少年の物語」というエジプトの少年の物語を買ってきました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489238755X/
これは文章がありますが、絵だけでも十分に伝わります。

展覧会では、原画が火事で大半が焼けてしまってわずかに残っているという「アンジュール」の2枚が最初に展示されていました。生々しい太めの鉛筆の線が目に飛び込んできました。当然ながら印刷された絵本とは全く違う〜! と感動。
他には「ヴァイオリニスト」、「ナビル」、「くまのアーネストおじさん」シリーズ、あたりが中心の展示で、そのシンプルかつ的確な描写と生き生きとした線の強さが堪能できました。意外と1〜2本しか鉛筆を使っていないみたいで、わずかな線で決める、卓越したセンスが光ってます。「ナビル」や「砂漠」は今のアラブ圏がモチーフだったのですが、思い描いているイメージにぴったり、といいますかその情景がとてもリアルに想起できました。シリアではバンサン流にシンプルなスケッチにトライしてみようかなーなんて思いました。

ちなみに、名古屋の伏見にある中部電力の電気文化会館で11月13日までやってます(入場無料)。
行けない方も、興味がありましたら↑で紹介している絵本(当然、紹介していないものも!)を一度ご覧になってみてくださいませ。


このあと、同じ名古屋にお住まいのこまくささんが行かれて、ご丁寧にも販売中の絵本の在庫状況を教えてくださった(多謝!)。結局会期中にもう一度観に行くことはできなかったけど、職場が近い妻に頼んで気になっていた「裁判所にて」を買って来てもらった。入場無料ということもあって、なかなか入手しにくい本も大量にあったのでついつい買いたくなってしまう。いや、それよりも原画の迫力に後押しされて買っておきたくなる、と言うべきかな。
文責: 桂田祐介 2005年11月29日

2005年10月22日

伊東深水デッサンの世界展

たまたま頂き物のチケットがあったのでのぞいて来た展覧会。美人画のコレクションを持つ名都美術館らしい特別展。美人画で知られる伊東深水の日頃の鍛錬を紹介するというちょっとマニアックな趣向ゆえ、個人的には好きではない深水ながら観ることにした。以下、出かけた日の夜に早速BBSに書いた感想を抜粋。

2875. 伊東深水のデッサン。 桂田  2005/10/22 (土) 23:39

本日、万博のあった長久手町にある名都美術館で「伊東深水デッサンの世界展」を観てきました。
http://www.meito.hayatele.co.jp/

この美術館は規模はそれほど大きくはありませんがいつも日本画の面白い展覧会をやってくれます。で、この伊東深水のデッサンですが、予想どおりと言いますか、おおっと思える作品はありませんでした(伊東深水の作風がイマイチ好みではないので・・・)。
が、やっぱり本画と違ってデッサンは生々しさがあって、画家の手を感じられますね。やはり日本画のせいかデッサンも補助線が極端に少なくてクロッキーの延長のような感じです。しかし、美人画の大家に対して失礼かつ生意気なことを申しますが、伊東深水は人物を描くのは得意ではなかったのではないかなぁと思いました。きっと美人画で名を馳せてから更に充実を目指して西洋の人体デッサンを取り入れたりという試みをしたのでしょうけど、重心もばらばらだったり安定感がなかったり・・・裸婦に至っては苦手意識でもあるかのように線も硬くてむしろ痛々しいぐらいでした。それに対して樹木や農村風景、動物、インドネシアの風俗などはとても生き生きしていて魅力がありました。
伊東深水その人については詳しく知りませんが、女性人物画が評価されたこともあって美人画を描き続けていたものの、実は画壇やコレクターの期待にこたえる為に苦悩しつづけていたのでは・・・そしてその反動のように生き生きとした風景画や静物画を描いていたんじゃないかなぁなんて、そんな想像をしてしまいました。


あまりに主観的に好みじゃない部分を書くのもよくないので、もう少しスタンスを変えてみる。伊東深水のデッサンを観ていると少ない線にも試行錯誤のあとがあって、対象を表現する為の一本の線を探すという大目標があったのかもしれない。一本の輪郭線とまで限定的ではないにせよ、洋画のデッサン(ドゥローイング?)だって主に視覚から、五感を動員して知覚した脳内の対象を正確に描き表すための努力の積み重ねだ。日本画は自分自身が描いたことがないのでいまいち実感がわかないのだけれど、もしかして無知であるが故に見えない深水の魅力がどこかに潜んでいるのかもしれないなぁ・・。やっぱり深水の通俗的な美人画は好みではないけどね。

文責: 桂田祐介 2005年12月3日

2005年10月10日

ベルリンの至宝展

世界遺産のベルリン博物館島から多くの展示品が集められたこの特別展は、5月に東京へ行った時に上野で大きく宣伝されていてとても気になったものの結局観ないままだった展覧会。たまたま帰省していて、ちょうど神戸に巡回していたこの展覧会が最終日だったので神戸まで足をのばした。
ベルリンの博物館島には旧博物館、新博物館、旧国立美術館、ボーデ博物館、ペルガモン博物館の5つの美術館・博物館が集まっているそうで、なるほど展示点数も多く実に幅広い展示内容だった。展示は時代ごとに、先史美術、エジプト美術、古代西アジア美術、ギリシャ・ローマ美術、イスラム美術、コインコレクション、ビザンチン美術、中世ヨーロッパ彫刻、ヨーロッパ古典絵画、そしてヨーロッパ近代美術という順で続く。

一ヶ月後にシリア行きをひかえていたこともあって(註: 結局調査許可と長期ビザの発給が遅れて延期)、古代西アジア美術、イスラム美術の展示にとくに興味が集中。ポスター等でも大々的に取り上げられていたバビロン出土の「ライオンの装飾煉瓦壁」は実物でしかわからない鮮やかさと迫力。圧倒された。これが2500年前のバビロンの行列通道路を180mにわたって飾られていたとの解説に想像力が膨らむ。それからカルフー出土の「宮殿の浮き彫り」の装飾性と写実性の調和に当時のアッシリア文化の美意識にも思いを馳せる。とくに帯状にびっしりと刻まれた楔形文字の装飾的な効果には目を見張った。直接の関連は確認されていないとはいえ、後のアラビア文字を織り込んだイスラーム装飾につながるセンスがあるような気がする。そして時代がくだってこの地とその周辺に開花したイスラム美術、信仰に根ざした美術としてはキリスト教と違って文字ばかりなので異文化の人々にはわかりにくいのも仕方ないけど、この文字と装飾が一体となった緻密な幾何学模様はもっともっと評価されてしかるべきだと思う。大判のクルアーン(コーラン)の美しさはその神の言葉が信者にはまさに神々しく映ったに違いないと確信した。そのクルアーンを載せるための書見台はもしかして一枚彫り? 否応無しに自分がケニアで買った素朴な丸彫りの書見台と比較してしまう。表面の装飾にもイスラム教の常套句が踊る。うーん、このあたりは文字をのぞけばエチオピアのイコンの装飾を連想してしまったのだけど、信仰と歴史の差こそあれ同じセム系として何か通じるものはないのだろうか。翻って、現代のこの地をめぐるあれこれをふりかえると悲しくなってしまった。

他のセクションも盛りだくさんの内容だが、ヨーロッパ絵画についての感想を少し。
ボッティチェリの黒い背景のヴィーナス。どう見てもあの「ヴィーナスの誕生」とそっくりなので習作? とか思ったのだけど、解説にはそういった内容はなく、フィレンツェの邸宅に多くあったものらしい。なるほどボッティチェリ作品は現代のポスターのようなポピュラーな需要があったということだろうか、面白いなぁ。その他興味深い絵画も続いたが、前半に集中し過ぎたせいかアタマが回らない・・・近代絵画のセクションに移ると急にロマン主義の黄色みがかった色調が目に飛び込んできた。こうして観ると光に対する感覚の変化が見て取れる気がする。こうした光の表現はロマン主義の精神性や神秘性の追求には欠かせないものだったのかもしれない。フリードリヒの少々わざとらしい構成もこの光のメリハリがあるからこそその演出が生きているのだなぁと思う。

あ、あと、前後するけど、ギリシャ・ローマのセクションでカラカラ帝の胸像が観られたのはちょっとしたサプライズだった。というのは、高校時分、石膏デッサンの最難関(とみんなが言っていた)がこのカラカラ帝で、自分はアリアスまでしか描かずに油絵をはじめていたのでその難度を実感することがないままだったのだ。実物のカラカラ帝は石膏像のコピーとはまた違った印象で、そこはオリジナル故なのか皇帝らしい重々しい存在感がある。しばし、どこがどうデッサンの難所だったのか・・・ということを考えて眺めていると、今、描いてみたいなぁと思ってしまった。今後、そんな機会はあるだろうか・・・。

文責: 桂田祐介 2005年12月18日

2005年10月8日

大アンコール・ワット展

松坂屋美術館で開催されていたカンボジアのアンコール・ワット遺跡にまつわる特別展。プノンペン国立博物館所蔵のクメール王朝の美術品が多く展示されている。展覧会名に反して意外にもアンコール・ワット寺院そのものについての展示がなかった(模型とか、建築的な側面も期待していた)ので、ちょっと拍子抜けの感もあったのだけど、驚くほど保存状態の良い彫刻と和辻哲郎的な風土観を感じさせる展示の構成がよかった。以下、BBSでの感想を抜粋。

2774. 大アンコールワット展。 桂田  2005/10/09 (日) 02:01
[略]
10/8に松坂屋美術館にて開催中の「大アンコール・ワット展」を観てきました。思ったより賑わっていて人気の高さが伺い知れました。で、内容はカンボジア奥地のアンコールの遺跡群を中心にした彫刻がメインの展示でしたが、私が今までよく知らなかったこともあってなかなか驚かされました。クメールの歴史を追っての展示だったのですが、大乗仏教、小乗仏教、ヒンドゥー教が渾然一体となったような宗教観でその王朝によって仏教色が強くなったりヒンドゥー色が強くなったりするのは新鮮でした。他文化に対するこの柔軟さ、土地を基本にして発展する農耕社会ならではの柔軟さなのかなぁなどと思いました。クメールの彫刻を観ていると日本の寺院にある色んな仏像や如来像を連想して、ああこれがアジア人の感覚なのかも・・・なんて考えてしまいます。不毛な砂漠で出来た一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の極端な価値観は水すらない遊牧民が生きてゆく為の思想で、一方アジアの多神教や精霊信仰は肥沃な湿潤地帯で定住生活する農耕民の価値観は極端な対立よりも周囲をある程度とりいれて土地を守る為の思想なんでしょうね。そう考えると、今の日本人もとてもアジア的な宗教観の中で生きているんだなぁとしみじみ思いました。
宗教観はさておき、気になったのは彫刻の文化的背景もですがなにより保存状態の良さでした。密林の奥で500年も忘れられていて、植物や風雨のストレスもあり、先の内線で荒れ放題の印象があったのですが、そのキレイなこと! 彫刻はほぼ全てが砂岩でできていたのですが、1000年以上も前とは思えない美しさでした。日本のお地蔵さんなんかもたいてい砂岩ですがかなり浸食されてますから、これはもしかして寺院の構造によるものなのか、あるいは日本のような変動帯とは違う安定した続成作用の賜物なのかと気になりました。その点では寺院の構造に関する展示や出土品の詳しい場所や地質条件に関する説明がなかったのが残念です。モノとしても当時のクメール人の彫塑技術の高さが伺い知れるものばかりで、その造形だけでなく上述の宗教観とか保存状態の良さの背景に思いを巡らせながら通して観るとかなり楽しめる展覧会でした。

文責: 桂田祐介 2005年12月21日