2006年6月26日

バナナ(その4)

時刻: 23:59 | 技法: 鉛筆

3本しかついてませんがバナナの房を根元の方から見て描いてみました。普段あまり見ない角度(でも実際はよく見ている筈の角度)からのスケッチは、対象の造形に対して視覚に忠実に向き合えます。「バナナ」という語から連想される象徴的なバナナ像(例えばウォーホルによるベルベット・アンダーグラウンドの横向きバナナとか)から離れて、その自然の形や空間の陰影を観察する作業は時に驚きに満ちています。極端な短縮構図など、西洋絵画の先人たちが試みていたものは、もしかして言語的・記号的図像からはなれて神的なものに近づく作業だったのかも・・・なぁんて、思ってしまいます。

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いただいたご感想とそのお返事など

先日のキャベツも、今回のバナナも、とても刺激的で面白いです!「観る」ことの醍醐味が伝わって来る作品ですね。短縮法は画家の目の集中の賜物なのだということもわかりました。感謝でございます。
イメージの再現ではなく、視覚に忠実であると、神的なものに近づく...なるほどです!!なにしろ、このバナナ、拝見していると祈る修道僧にも見えるのですよ(^^;;;

投稿者 : June | 2006年6月27日 05:22


Juneさん、
「視覚に忠実に」は、いつも思っていることでして、今回のバナナを描いていてちょうど長い部分が短縮法になっているのでこんなことを考えたのでした。言語を通して記号的・象徴的になっているものをとっぱらう、こうした方法はその形に対して非言語ゆえに新鮮な驚きがあって造物主の手を感じられそうな感じがするんですよ。プロセスとしては20世紀のキュビスムあたりにも通じるかも・・・あ、現代美術が苦手な私ですがピカソは好きなのはもしかしてそのあたりに古典絵画との共通点を感じてしまうからかもしれません(話がそれました・・・)。
で、このバナナが祈る修道僧! 面白いですね。「祈るバナナ」と命名しましょう。

投稿者 : 桂田 | 2006年6月27日 23:13


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