2006年2月22日

時刻: 23:59 | 技法: ペン

これはナイロビで買った写真集で、世界各地を空から撮影した美しい写真が365枚集められているものです。日めくりカレンダーとして楽しめるもので、見つけたときは喜んで買いました。向こうに居た時はきちんと日めくりにしていましたが、今は書見台の上で飾りと化してしまっています。
さすがにペン一色で表紙の印刷から側面の裁断面まで描く時間も根気もなかったのでイイカゲンに描いてしまいましたが、形だけは注意して描いたつもりです。こういう幾何学的な形を近くで描く時には両眼の視差がとても気になってしまって結果的に奇妙な遠近表現になってしまうことがあるのですが、そのあたりに線遠近法の限界を感じます。

ところで話が飛びますが、よくある金婚式、銀婚式といった結婚記念日には他にも細かくナントカ婚式というのが用意されているそうです。我が家ははや4年になるのですが、4年目は書籍婚式だとかで、本を贈りあうとかっていうのも悪くないですね。この写真集などそういう贈物としても最適かもなぁ・・などと考えながら描きました。

いわゆるWeb拍手です。→

いただいたご感想とそのお返事など

失礼いたします。

「デザイン・イラスト」
関連に携わる皆様にまたまたお知らせです。

この度、お蔭様で予想を上回るご好評によりまして
より多くの方にご活用して頂きたく、
感謝念を込め、大幅値下げ致しました。

是非1度ご覧頂ければ幸いです。
http://swatchcolor.com/index.htm

貴重なスペースありがとうございました。
失礼いたしました。

投稿者 : COLOR | 2006年2月23日 01:38


ええと、通常宣伝SPAMの類いは削除の方針でいるのですが、今回のは配色のサンプル見るだけでもなかなか興味深いので置いておきます。
しかし・・・これって暗にアンタの配色センスはなってないとでも言われているような感じがしてしまいますが、営業としてはオッケーなものなのでしょうか。私は浮世離れした人間なものでイマイチそこらへんの感覚がわからないんですが、なんとなく気になったりしましたもので。
以上、ひとりごとでした。失礼いたしました。

投稿者 : 桂田 | 2006年2月23日 08:53


こんにちわ。空撮の中身が見たくなりました。正月に確か
エンジン・パラグライダーで京都を撮影しているカメラマンをTVで見ました。一度自分も空を飛んでみたいと思いました。表紙はグランド・キャ二オンの写真ですか?

投稿者 : sghr | 2006年2月23日 17:14


sghrさん、
白黒ではわかりませんよね。失礼しました。これは米国はフロリダのEverglades National Parkのマングローブとのことで、黒く描いた部分は水面です。蛇行河川のようになっています。調べてみましたら、毎年表紙が変わっているようで(もしかして中身も?)、私がこれを購入したのは2002年なので当時最新の2001年のエデッションがこのデザインのようです。写真家はYann Arthus-Bertrand。空撮や動物写真が専門とか。公式サイトによると英国内で頻繁に写真展をしているみたいですね。以下のサイトで色々見られます。
http://www.yannarthusbertrand.com/
http://www.earthfromtheair.com/

投稿者 : 桂田 | 2006年2月24日 00:39


本のずっしりとした厚みとしなった感じが、頁をめくる時のわくわく感を誘っているように思えますね♪ 光沢のある写真表紙の上下端の手触りがペン画の線から伝わってきます。私も中身が見たくなりました。

ところで、絵を描かない私には両眼の視差があるというのが実感としてよくわからないのですが、計算された遠近法と実際に見える遠近感とは、ちょっと違う、ということなのでしょうか??

投稿者 : June | 2006年2月24日 00:55


Juneさん、
なんと、写真表紙の上下端の浮いた感じと光沢までわかりましたか! それに重みとしなった感じといい、そこまで伝わったとはとてもとても嬉しいです! 自分でもちょっとびっくりしました。いつもとても丁寧に見ていただきありがとうございます。

ところで、視差のことですが、実際は立体を両眼で見るので少なくとも左右の目の位置の視点の差が生まれますよね。ところが一枚の絵では、いわば片目で見たのと同じ固定された視点になってしまいます。線遠近法(透視図法)は消失点に向かうようにオブジェクトを配置しますが、それは果たしてどちらの目の視線なのか、もし両眼間の中点の延長ならそれこそ架空の視点なのではないかという疑問が残るんですよ。さらには実際にものを見る時には視点は固定されていなくて動きますからその都度違う画面を見ていることになって、総合的に現実を把握するのはそれらの情報の集積だと考えると、一枚の絵の中の遠近法表現はいかに断片的かというのを実感してしまいます。
突き詰めて行くと答えのない永遠のテーマのような気分になります。私の思い込みかもしれませんがキュビズムなんかはまさにこういう疑問から発展したんじゃないかなぁ・・なんて思ってます。あ、なんだかややこしくなってきましたから、またこのテーマで実験スケッチでもやってみますね。

投稿者 : 桂田 | 2006年2月24日 02:28


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