2006年2月16日

マウス
時刻: 23:59 | 技法: ペン
我が家のPowerBook G4で使用しているマウスです。アップルの光学式ワンボタンマウスで、本体を覆う透明のカバー部分全体がひとつのボタンになっていて、どこをクリックしてもいいというところが使いやすいので気に入っています。が、これは人それぞれのようで、マックユーザーでも使いにくいという人も結構いるんですよね・・・。ちなみに大学ではその形状から大腸菌マウスなどと呼ばれてます。
シンプルで有機的な形ですが、透明プラスチックに覆われている(カエルの卵状態?)ので、微妙に屈折したりして描くのにはちょっと手強い相手かもしれません。
いわゆるWeb拍手です。→
透明な世界苦しんでますね。(笑 難しいですよね。でも 果敢に表現しようと攻め込む姿勢は素晴らしいですね。 反射・映り込み・ハイコントラストを意識すると、この マウスはもっと成長しそうです。以前水をいれたビニー ル袋を描いたことがあります。はじめはどう描いていい のか悩みました。。夜はもちろんよく眠りました。 このブログはマックでお書きになっているんですね。。
投稿者 : sghr | 2006年2月17日 17:20
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sghrさん、 いえ、果敢に攻め込むというつもりではないのですが、まぁ、面白そうだなぁと思いながら描いてます。ペンでいきなり描いているとハイライト部分等は空白を残して表現せざるを得ないので、そう言う点では反射光と透過光が混在する透明素材を描く場合は他の画材と違った意識をしなければならないところがあります。あ、一応これでも慎重に光の具合を意識しているつもりではいるのですが・・・。 sghrさんが挑戦されたビニール袋のデッサン、夜よく眠れたほどの出来映えとのこと、ぜひとも拝見したいです。 コンピュータですが、私はマック派であります。他のOSはどうも生理的に受け付けません・・・。
投稿者 : 桂田 | 2006年2月19日 00:08
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いえ、桂田さん。夜よく眠ったというのは、悩むのをやめてさっさと寝たというだけの話です。マックの楽しいユーザーインターフェースに憧れ、いつかはマックにと思いますが、実現してません。システム・トランスファーが問題ですね・・・。ところで、マックもインテルのCPUになると 聞きましたがどんな使い勝手になるんでしょうか?
投稿者 : sghr | 2006年2月19日 12:16
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sghrさん、 Win→Macのスイッチですが、もちろんどこまでかにはよりますけど、通常の書類等のデータの互換性は今や問題にはならないと思います。多くのソフトが両プラットフォームで用意されていますから、ソフトを用意すればいいだけのことも多いです。が、システムはかなり違いますからシステム移行は諦めた方が宜しいかと・・・最悪エミュレータで無理矢理動かす手がありますけど、著しくパフォーマンスが落ちることは必至です。でもまぁ、システム構成とかバグの少なさ、セキュリティ、デザインなどほとんど全てにおいて(私に言わせると)マックがはるかに優れていますから、よほどのことがない限りはすんなり買い替えられたほうがよいかと・・・(ゴメンナサイ、Win派のみなさん怒らないで)。私はどうしてもWindowsでしかできないGISのみ大学のマシンですが後のことは可能な限りマックを使っています。 インテルマックですが、私もまだ触ったことがないのでわかりません。今は出たばかりなのでソフトの対応も中途半端ですし、なにしろアップル製品は初期不良がこわいので様子見しておくのが無難かもしれませんね。
投稿者 : 桂田 | 2006年2月20日 00:46
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Macそれは高嶺の花・・ マウスのデッサンですが、何日か勝手に表現方法を検討しました。(あくまで自分の場合ですが)やはり、黒か思いっきり明度の低い色のキャンソン紙にハイライトスケッチが 適当ではないかと思いました。工業デザイン系はこの手の 素材はまずこの表現方法をとっていますね。お節介でした。
投稿者 : sghr | 2006年2月22日 19:37
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sghrさん、 高嶺の花とはいえ、最近は高スペックで価格も下がりましたし、他のパソコンで日々精神的苦痛を受けながら過ごすことを考えると十分出す価値はあるかと思います。今なら、出荷がはじまったインテル搭載のMacBook Proあたりはどうでしょうか。 って、完全にマワシモノ化してますね。スミマセン・・・。 工業デザインのことはよく存じませんが、明度の低い紙を使うのはハイライトを載せられるので有効でしょうね。グレーの紙を使うと思うのですが、中間調をベースにできるのは明暗表現にはとても便利です。古典絵画のデッサンを見てもとても頷ける所があります。
投稿者 : 桂田 | 2006年2月23日 00:37
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明度、彩度の低い紙に白のチョーク(今で言うパステル) でハイライトスケッチする方法はルネッサンス期にイタリーの工房でよくやってたそうです。ダ・ビンチの丸い椅子 かなにかに掛けた白い布のデッサンをご存知と思いますが、同じような方法で画家達は修練を積んだようです。( と見てきたように言ってみる)洋服の襞を表現するうえで欠かせない練習だったようですね。日本ではあまりこの方法は試行されなかったようです。水墨画・南画の世界では結構早くから地の紙の白をハイライトに割り当て初めから 計画的に残して彩色していますね。蕭白や芦雪や応挙の絵を見ると気合で一気呵成に描いた様に見せかけて、実はよく見ると面蓋(めんぷた・・今流に言えばマスキング)もしているし地の白をハイライトで残して描いたりしています。ということは結構計画的に画面構成し、周到に下図で検討してから描いたということになります。昔の画家が酒をあおりながら一気に描くと言うのは嘘っぽいですね。
投稿者 : sghr | 2006年2月25日 19:15
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sghrさん、 そうですね。ルネサンスのイタリアだけでなく北方のデューラーもこの手のデッサンをやってますし、時代が下ってバロックのルーベンス、新古典主義のアングル、19世紀後半のドガなど非常に多くの先人たちがやってますよね。やはり中間調から明部と暗部という分類で客観的に光をとらえる試みはとても西洋的な感覚だなぁと思わされます。日本では洋画が紹介されるまではご存知のように陰影表現はありませんでしたから、光に注目するのではなく対象自体に主眼がおかれていたのでしょうね。どちらも本質に迫るアプローチとして、この視点の差はとても興味深いところですね。 地の白を残すというのはきっと中間調から始めるヨーロッパのデッサンにとってはものすごい衝撃だったことだと思います。光自体の表現を求めた印象派がそれまでの中間調をやめて白い地塗りをはじめたという話がありますが、もしかしてそれもジャポニズムの影響だったりして・・・なんて素人的に思ってしまいます。白い余白をハイライトとして残すのは確かマティスが浮世絵からヒントを得た・・なんて話があったような気がします(すみません、うろ覚えです)。 酒をあおりながら・・・というのはどうだかわかりませんが、パッと見てだいたいの画面を想定していたんでしょうね。私もペンでいきなり描いたりする時にはそんな感覚のような気がします。
投稿者 : 桂田 | 2006年2月26日 00:39
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