私の絵画観

 

登山家ジョージ・マロリーの「そこに山があるから」という言葉はあまりにも有名ですが、どうして絵を描くのかという問いに対して、私も「描きたい物があるから」としか答えられません。その自分の描きたいものは、身のまわりにあるものや景色、人物など具象的な実体をともなうものばかりですが、その存在や造形の奥には、普遍的な何か、自然界の真理のようなものが感じられて、なんとかして普遍的なところまで見ることはできないか、描くことはできないか・・・と常々考えています。

私は自然科学の分野にも片足を踏み込んでいますが、もう一方の足を絵画に踏み込んでみて痛感するのが、こうした普遍性におよぶ関心は、科学的な視点に共通する視点だということです。「描きたい物があるから」描く、ことの原動力は、「そこに山があるから」の冒険心、自然科学における探究心と同根のテーマなのではないかと思うのです。そして、こうした普遍的なものまでを表現しようとすることは、今まで多くの絵描き達が様々な方法でとりくんできた事であり、おこがましい事かもしれませんが、自分にも自分なりの表現で迫れるのではないかと考えています。

したがって、普遍的なものまで表現しようとするリアリズム(=写実主義)こそが絵画の真骨頂ではないかというのが、現在の私の絵画観と言えます。そういう理由で、ごく自然に具象絵画を描いていますが、具象絵画でも例えば表面的な再現性のための細密描写だけを目的としたフォト・リアリズムのイラストレーションなどにはあまり共感を覚えません。リアリズムと言うと、これまで色んなリアリズムという語のつく芸術運動がありました。リアリズムの語がつかなくても、絵画理論としてその延長にあるものもたくさんあります。表現の形こそ違っても観察と洞察の結果として(時には形而上学的にでも)、その物や世界を「写実」していることが感じられるものこそ真理追究としてのリアリズムと呼べるのではないかと思うのです。

私のサイト名「Artist at Heart」は、語呂の良さだけでなく、その意味(=アーティストのつもり)も考えてつけたものです。私は美大・芸大を出た訳でもないし、美術市場に太いつながりがある訳でもありません。しかし、それを幸いにコマーシャリズムから離れて自由に好きな絵を追求できるのなら「絵を描く人」としては満足できます。プロかアマかなんて関係なく、描き続けて表現を追求し続けるのが画家=絵描きの神髄だと思います。その点で、見る側にもプロ(批評家・研究者・美術商)かアマ(いわゆる愛好家)かなんて関係なく、一鑑賞者として見ていただき、私の表現しようとする「写実」に気づいてもらえれば幸いです。

2008年春 桂田祐介
 

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